ある日のこと。
老人並みに朝が早いライは、いつものように朝食を作るためキッチンに下りていった。
と、テーブル上に、一通の手紙が置かれているのに気づいた。
何の変哲もない真っ白な封筒。こんなもの、昨日はなかったはずだ。
世を忍ぶ身である自分達に、手紙など届くはずがない。第一、なぜ室内に手紙が届くのだ。
そう不審に思って差出人を見てみると、ただ一文字、『神』とだけ記してある。
ライの頭の中に閃いたのは、ハロウィーンとクリスマスのあの日、波乱をどっさり背負ってやってきた、あの男である。
思わず眉間に皺が寄る。
嫌な予感をひしひしと感じつつも、ライはその手紙の封を切った。
封筒の中から、奔放な字の連なるそれをつまんで引っ張り出す。
文面はというと、いたって簡潔。
『今晩は7人ほど客連れてお前らンとこ行くから、メシの量は多めにな!  ―――SIVA』
ライの中で何かが切れた。
手紙を持つ手が小刻みに震える。
(叫ぶな俺。叫ぶな俺!ここで叫んだら女帝と暗黒魔導師による精神的打撃をこうむるぞ!
自分に対して必死にそう言い聞かせ、ライはとりあえず菜箸を手に取った。
それで手紙を挟み、コンロで燃やしてみた。
(あぁ、よく燃える)
俗に言う現実逃避というやつである。
手紙だけでなく菜箸も焦げているのは気にならないらしい。
そこに、焦げ臭い匂いで起きてしまったのだろう、ヘンゼルがやってきた。
「ライ?何・・・・・・、燃やしてるの?」
恐らくは「何やってるの」と訊きたかったのだろうが、ライの手元を見て質問事項を変更したらしい。
「これか?地獄への片道切符だ」
吐き捨てるようなその台詞から、ライのシヴァに対する感情が窺えるというものだ。
燃え残った灰の中に「SIVA」の文字を見つけ、ヘンゼルもそれ以上の追及をやめた。
「・・・何もないといいね」
「本当にな」
他人の分のストレスまで抱え込む気質を持つ二人は、心の底からそう言い合った。



しかし、相手が悪すぎる。その程度で奴が予定を変更するわけがない。
奴はしっかりやってきた。ご丁寧にも夕食の最中に。
「よう、久しぶりだな。クリスマス以来か?」
「どうでもいいから帰れ貴様」
どこからともなく降ってきてテーブルの上に仁王立ちしている
シヴァに向かって、ライは辛辣な台詞を浴びせかけた。
シヴァが担いでいる二人の青年のことなどお構いなしだ。
「残念だが帰るわけにはいかねぇな。これも仕事なんだ」
「人攫いのか?」
「まさか。請け負い業だ」
テーブルから降り、抱えていた人間の口に貼っていたガムテープを剥がしながらシヴァは答えた。
「請け負い業って、もしかしてヌシからの?」
「そう、ヌシの」
(ヌシって何!?)
マイシェルとシヴァとが交わす謎の会話に、ヘンゼルは心の中で激しく突っ込んだ。
「ぷはっ・・・、なぁおい貴様、俺らをどこに連れてきやがったんだ?」
先にガムテープを剥がされたほうの青年が、口元を引きつらせながらシヴァに質問した。
その表情には不安の色がありありと浮かんでいる。
「ん?どこってお前、決まってるだろ?異世界。
シヴァは笑顔で断言しくさった。
「へぇ、異世界か。じゃあ諦めるしかなさげ?
気付けば、もう一方の青年はすでに自由の身になっている。しかもこの異常な状況下で平然とつまみ食いしている。
「いつの間に、ってかどうやって縄解いたんだお前!?」
「検察官の七つ道具をなめんじゃねぇ」
彼はどうやら検察官だったらしい。しかしどうやら普通の検察官ではなさそうだ。
「七つ道具ってお前なぁ・・・俺、ぜってー逃げらんねぇように縛ったんだぞ?」
「不可能を可能にするのが俺の七つ道具だ」
やはり普通の検察官ではなさそうだ。
「そういえば、まだあんたたちの名前を聞いてなかったわね」
さすがマイシェル、自分のペースを全く崩していない。
「んぁ?名前?」
食卓から豚の角煮をつまみつつ、検察官の青年はマイシェルを見やった。彼も異世界に連れて来られた身でありながら自分の ペースを崩していないようだ。
テーブル上にあったワインの栓を抜き、食器棚から出したグラスに注ぎながら彼は答えた。
「俺は深紅、23歳独身。彼女は常に募集中で、『女性は人類の至宝』がポリシー。そっちで今縄解かれてる奴は慶陽っつって俺 のオトート。家事担当でちっとばかしヘタレ気味。出身はどっちも日本国」
「余計な知識の数々をありがとう」
「そりゃどうも」

(何か間違ってる・・・絶対何か間違ってるよこのテンポ・・・)
しかし、ヘンゼルの憂鬱などお構いなしに会話は進んでいく。
「それにしてもキレーだなーあんた、俺の嫁になる気はねぇか?」
「残念だけどあたし、初対面の人間をあんた呼ばわりする野郎に嫁ぐ気はさらさらないの
マイシェルの腰に手を回し、ラヴシーンさながらの角度で彼女の顎を持ち上げる
深紅。
それに対し、微笑を湛えつつも深紅の手をつねり、強烈な返答を躊躇なく吐いてみせるマイシェル。
どう対応すればいいのだろう。
「そうか・・・それじゃあしょーがねーよなぁ」
しつこく言い迫るかと思いきや、深紅は意外にあっさりと引き下がった。
マイシェルの腰に回していた手を放す。
「だったら清い交際から始めよーぜ
立ち直りが異常に早い。
「なぁアンタ、なんであいつ連れて来ちまったんだよ!俺の相方だったら他にもいただろ!?なぁ!」
シヴァに泣きつく慶陽のその姿を見て、ヘンゼルは彼は自分と同じ気質なのだと悟った。
そんな慶陽をやんわりと押しとどめつつ、シヴァは微笑んだ。
「そんなの決まってるだろ?お前とあいつが、俺から一番近ぇ場所にいたからだよ」
その一言は、慶陽にとってとどめの一撃に等しかった。
がっくりと膝を折ってうずくまり、慶陽は背中にキノコでも生やしそうな勢いでいじけはじめた。
「うーん、まるで粗大ゴミのようですね」
(フローラ、それはあんまりだよ・・・)
気分としてはヘンゼルだっていじけたい。やはりヘンゼルと彼とは同じ気質であるらしい。
と、そこにノックの音が聞こえてきた。
どこからか降って湧いてきたどこぞの酔狂とは違い、非常に礼儀正しい訪問方法だ。
「客か?」
「あぁ、来たか。俺の知り合いだ」
「・・・お前の?」
廊下に顔を出して様子を伺っていたカインは、それを訊いて非常に嫌そうな顔をした。
ハロウィーンの日の悪夢のような来客を思い出しているのかもしれない。
それに気付いてシヴァは笑った。
「大丈夫だ。あいつは俺と違ってマトモだからな☆」
「自覚があるなら更生しろよ」
「っていうか比べる対象がきみなら全員マトモになると思うよ」

ギルバート、リュオンの突っ込みももっともだ。
そんなことも構わず、シヴァは玄関に向かって大声で呼ばわった。
「鍵なら開いてるから、遠慮なく入って来いよ!」
ちょっと待て。
「・・・おい貴様。何で玄関の鍵が開いてることを知ってるんだ?
「そりゃー俺が開けたからに決まってんだろ」
平然と答えているが、この男、いつの間にそんな事をしたのだろうか。
そして他人の家を何だと思っているのだろうか。
と、訪問者がキッチンに入ってきた。
「夜分遅くに失礼。シヴァ、言われたとおり連れてきたぞ」
予想外の礼儀正しさで挨拶してみせた彼女は、シヴァの知り合いだとは思えないほど普通の言動だ。
かといって異常な格好をしているわけでもなく、軍服のようなきっちりした服を着て、月光色の髪を括っているだけだ。
シヴァの知り合い、という先入観があっただけに意外な感じがした。
「ようアビス。ほら入れよ」
「いつからお前はこの家の主になったんだ?」
ライの握ったグラスがミシッと音を立ててひび割れた。
それをちらりと横目で見やったフローラが、ひたり、と呼びかける。
「ライ。」
その声が孕んだ冷気は、室温を一気に下降させた。
キッチンにいた誰もが話す事をやめる。
「そのままグラスを割って怪我しようものなら、頭がイカレたものとみなし、麻酔なしで脳外科手術を行わせていただきますよ」
(さっ・・・最恐・・・!)
むしろ最凶。
しかしフローラは静まり返った室内の事など気にも留めず、自身をかき抱いているアビスに向かってにっこりと微笑んだ。
「どうぞ、お入り下さい」
アビスはそれに逆らうことなく、無言でキッチンに入ってきた。どうやらフローラに逆らっては危険だと感じたらしい。
神をも従える女、フローラ。彼女はあらゆる意味で無敵だ。
(おや)
フローラは、アビスに続いて入ってきた二人組に目を留めた。
暗赤色の髪に真っ赤な服を着た青年と、金緑の髪をした僧衣の美人。今まで気付かなかったのが不思議なほど目立つ存在だ。
特に赤い青年の方は髪と服の色からして目立つ。
(・・・耳が、尖っている?)
パッと見ただけでは大して気にならないが、彼の耳は確かに尖っていた。
ということは、彼らも異世界の住人なのだろうか。
と、急に誰かがフローラの肩にぶつかってきた。
「あ、悪ぃ」
どうやら水を飲もうと手を伸ばしたカインがぶつかったらしい。
それを避けようと一歩下がったら、今度はマイシェルと衝突した。
「ここも狭くなったなー」
「お前が狭くしたようなもんだろ」
何故か旧友の如く馴染んでいるシヴァと深紅が言葉を交わしあった。
「14人もいちゃ狭いって」
「じゃ、減らすか」
そう言ってシヴァは一人頷き、チーム焼きそばのメンバーに「身長順に並べ」と指示した。
不審に思いながらも彼らはそれに従い、背の高い者から順にギルバート、カイン、ライ、マイシェル、フローラ、リュオン、ヘンゼル、 グレーテル、と並んだ。
何をする気なのかと見守る一同。
シヴァは口の端に笑みを浮かべ、軽く人差し指を振った。
「時令司クロノス公の名において命ず」
それを聞いた途端、アビスは眉をひそめたが、その事に気付いたものはいなかった。
「宇よ宙よ、ウロボロスの如くに連なり給え。環と環を繋ぎ、連なり給え!」
言い終わるや否や、ギルバートからマイシェルまでの4人は光に包まれ消え失せた。
「うわぁぁぁぁあ!?マイシェル!ライ!ギルバート!カイン!」
「何したのよあんた!」
「いくらここが狭くなったからって存在自体を消すこたぁねぇだろ!?」
「場合によってはあなたの存在も消しますよ!?」
どさくさに紛れて凄いことを言っている
フローラに怯えたのか、いつの間にか背後に回って自分の首筋に短剣を押し当てている アビスに怯えたのか、シヴァは「降参」のポーズをとった。
「そ、そう興奮するなって!俺はただ時空間移動させただけだ!」
「どこに?」
短剣の刃でシヴァの首筋をピタピタと叩きながらアビスが問うた。
「彼らの身に危険はないのだろうな?」
「あぁ、ねぇはずだ。俺があいつらを送った先は霧島屋敷だからな」
シヴァは深紅と慶陽を肩越しに見やり、「なぁ、そうだよな?」と同意を求めた。
何しろ彼らは霧島屋敷から来たのだ、この場にいる誰よりもあの家のことは分かっているはず。
しかし二人はそれに頷くどころかシヴァの言葉をきっぱりと否定した。
「霧島屋敷に送ったんじゃ、逆に命が危ねぇわなぁ」
「そうだな。着いた瞬間落とし穴とか竹槍とかのトラップにひっかかってねぇといいな」
「トラップにひっかかってなくとも、あそこは人間兵器の宝庫みてぇなもんだろ?」
一体どんな家なのだろうか。
「・・・シヴァ?」
アビスとフローラとに詰め寄られ、シヴァは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
一歩離れたところで、アビスが連れてきた二人組―――孫天覚と幻浄三蔵―――がひそひそと話しているのが聞こえた。
「なぁ三蔵、あいつマジで日光菩薩なのか?俺にはただの馬鹿野郎にしか見えねぇんだけどよ」
「・・・月光菩薩様がそう仰られていたのだ、間違いはあるまい」
「や、月光菩薩はともかく、あいつちっとも神々しくねぇし。ってかひととしても何か間違ってねぇ?」
失礼極まりない。

自分のプライドにかけても命にかけても、霧島屋敷に飛ばした四人の身の安全を確かめねばならない。シヴァはその必要性を強く 感じた。
「じゃあ、見せてやるよ。霧島屋敷に飛んだあいつらの状況」
拗ねたようにシヴァは言い、首筋に当たっている短剣の刃を押しのけて立ち上がった。




***





4人は、気付くと薄暗い部屋の真ん中にいた。
「どこだ?ここ」
「さぁ」
周囲を見回すと、あまり使われていない部屋なのだろう、ベッドや箪笥の上には布がかけられており、その上にはうっすらと埃が積もって いた。かなり広い部屋だ。調度品などからして、客間だろうか。
「・・・やっぱ、異世界なのか?」
「不吉な事を言うなライ」
ギルバートは遠い目をして溜息を吐いた。どうやら現実から目を背けたい気持ちでいっぱいらしい。
確かに、ここに至った原因が原因だ。その気持ちは痛いほどによく分かる。
「っていうかよぉ、ここって人肉を主食とする種族の住処とかじゃねぇ、よな?」
カインの言葉に、部屋の中をうろついて様子を見ていた三人は動きを止めた。
まさか、とは思いたい。しかしここを選んだのはだ。そういうこともないとはいえない。
「まぁ、そんなこと気にしたってしょうがないわ。さっさとこの部屋出ましょ」
「おいマイシェル、お前なんでそんなに落ち着いてるんだよ!?」
「何で、ってカイン。自信があるからに決まってるじゃない。あたしは龍の巣でも生き延びる自信があるわ」
どこまでも余裕綽々の言葉に、男性陣は毒気と不安とを抜き取られてしまった。
マイシェルは言葉を続ける。
「心配したところでどうにかなるわけじゃないわ。それに、この部屋にはきっちりドアがある。だったら、ここで不安がってるよりも外 に出て状況を把握してから怖がったほうがいいじゃない」
何と言うか(ヲトコ)らしい台詞だ。
「マイシェル。俺が男だったらお前に惚れてるかもしんねぇ」
「あら、あんた女だったの?」
「う、あ、いや、俺は男だ。ほら言葉の綾ってやつだよ」
と、マイシェルとカインによる実に心温まる会話を遠巻きに見守っていたギルバートは、かすかな異音を耳にした。
まるで、鎧が鳴るような耳障りな音。
(・・・?)
肩越しに振り向き、音がした方向と思われる背後を顧みる。

「・・・曲者・・・」

至近距離にいた鎧武者と目が合った。
どう見ても味方ではありえない雰囲気だ。
更によくよく見ると、その鎧武者は、透けていた。
「っ――――!」
同じ事に気付いたのだろう、叫びかけたカインの口をマイシェルとライが塞いだ。しかし視線だけは誰も鎧武者から外さない。
逃げろ、とギルバートが目で示す。それを受けてライはドアを開けた。
途端、けたたましい警報音が鳴り響く。廊下に走り出たものの、複数の足音がこの部屋めがけて迫ってくるのが分かって足を止めた。
「ちっ、どうする!?」
ライは舌打ちした。前方からは複数の敵、後方からは鎧武者の亡霊。どっちに転がっても戦闘は免れない。
「とにかくそこをどけ!」
言うが否やギルバートはドアの前でたたらを踏んでいる三人を押し退け、急いでドアを閉めた。
どうやら鎧武者は部屋から出られないらしく、とりあえず後方の難は去った。
だが全ての難が去ったわけではない。それを裏付けるかの如くに廊下の奥から走り出てきた一人の青年が攻撃してきた。
それとほぼ同時に天井から、両手に短刀を構えた少女が降って来た。彼女もまた四人を攻撃する。
「げっ」
青年も少女も驚くべき素早さで鋭い蹴りや斬撃を繰り出してくる。しかも敵は彼らだけではないらしい。
「美月!帝!加勢するぜ!」
声がしたかと思うとライの頭にスリッパがクリーンヒットした。声の主が投げたものらしいが、凄い攻撃手段だ。
見ればそこには闊達そうな青年が身構えている。彼は片方しかスリッパを履いていなかった。
「貴様、ミンチにして龍の巣に撒いてやる!」
ライが叫んで反撃しようとした途端、美月と呼ばれた少女も帝と呼ばれた青年もわずかに動きを止めた。
しかしそれも一瞬の事、完全に動きを止める事はない。だが帝は攻撃相手であるギルバートに対し、初めて言葉を発した。
「お前ら、異世界から来たのか」
「どうもそうらしいな」
「お前らは霧島の敵か?」
「知らん。攻撃されたから反撃してるだけだ」
戦闘中であるにも関わらず、両者ともにひどく落ち着いている。声だけなら普通の会話と聞き分けがつかないだろう。
ギルバートの返答を聞き、帝は完全に攻撃の手を止めた。つられたように他の者達も手を止める。
「美月も黒曜も構えを解け。・・・霧島の敵ではないのなら、どうか突然の無礼を許してもらいたい」
男性陣には『霧島』というのが何のことだか分からなかったが、マイシェルには分かったようだ。
彼女は誰に言うでもなく呟いた。
「あぁ、それで龍の巣って言葉に反応したのね」
「は?」
不思議そうにマイシェルを見やったカインに、彼女は説明した。
「こっちの世界には龍がいないのよ。なのに『ミンチにして龍の巣に撒いてやる』なんて言うのは変でしょう?だからあたし達のことを『 異世界の住人だ』って見当をつけたんだと思うわ。わざわざ世界の境界線を超えて襲撃してくる奴なんて、そうそういないもの。だからあ たし達を攻撃する理由もなくなるってわけ」
「マイシェル、お前何でこっちの世界には龍がいねぇなんて事知ってんだよ。異世界の事なのに」
「情報屋だからよ」
それだけでは片付けられない何かが彼女の背後に渦巻いている
ような気がしたが、深く追求したら無事ではすまなそうなので 何も言わずにおくことにした。
「そうか、貴女は情報屋だったか」
ごく普通に自分達を受け入れているらしい帝の呟きに、四人は顔を上げた。
「だったら、何?」
「いや。こちらにも二人ほど異世界にさらわれた奴らがいるんだが、そいつらの行方はご存じないだろうか」
帝の言葉に、ギルバートは何となくシヴァが連れて来た二人組を思い浮かべた。
彼らの名は『美月』『帝』『黒曜』。・・・『深紅』『慶陽』という名と、どこかしら似通ってはいないだろうか。
よくよく見れば、顔立ちもどことなく似通ってはいるような気もする。
「その二人ってもしかして、深紅と慶陽とかいう名前だったりする?」
「「「ご明察」」」
帝・美月・黒曜の声が仲良く重なった。
なるほど、こんな家で育ったから、あのような非常識な人間になったのか。
四人は妙に納得した。
「そう、ここがあの不愉快な軟派野郎の家なの」
低い声でマイシェルが呟いた。凍てつく冬の大地に吹きすさぶ風より冷たい声だ。
男性五人が五人ともマイシェルから視線を逸らす。ただ一人、美月だけは飄然と微笑を浮かべている。
「あたし、深紅って奴にとてつもなく不快な思いをさせられたのよね」
「そうでしょうとも」
「み、美月?」
黒曜が冷や汗を流しながら静止しようと試みたが、きっぱり無視された。
「奴の親はどこかしら」
「母はちょっと仕事しに海の向こうまで出かけてしまっているので、今はいません」
「父親は」
「修行中です」
「じゃあ仕方ないわね」

(どういう会話だ!?)
「なぁ、女ってどこの世界でもああなのか?」
「分からん。女の思考回路のことなど俺に訊くな」
「俺は美月がおかしいだけだと思ってたんだがなぁ」
「そこの皆さん?」
「会話、全部聞こえてるわよ」

ダブルでにっこり。
この二人に逆らえるわけもなく、途端に静まる男性陣。
ここに、男女の力関係がはっきりと見て取れる。
「最近は男尊女卑の世の中だ、とか言われてるけどよぉ。ぜってー間違ってると思うぜ俺は」
「同感だ」
「何言ってるのよ、カイン。あたしに逆らえる気でいたの?
「そうですよ。そもそも基準点からして違ってるじゃないですか」
女性陣と男性陣は互いの発言を聞き、それぞれ顔を見合わせた。
そして互いに微笑みあう。
文字通り住んでいる世界は違うものの、共通の心境によって仲間意識が芽生えた瞬間だった。
「まぁ、とりあえず。ここで立ち話も何ですから居間にでも行きましょうよ」
「そうだな。でもメシも何もねぇぞ?慶陽が作り置きしといてくれたやつは全部食っちまったし、蒼太が作ったあの妙にどろっとした 何かを出すわけにもいかねぇし」
蒼太という者は一体何を作り出してしまったのだろう。
慶陽はどうやら自分と似たような立場らしい、と思ったライは、恐る恐る提案した。
「・・・俺がやろう、か?」
「いいのか!?」
メッチャ嬉しそうに顔を輝かせた黒曜に飛びつかれ、期待に満ちた二対の目に見つめられたらひとたまりもない。
どうして断れようか。いや、断れまい(反語)
「ライ、あんた、自ら進んで家政夫の仕事を引き受けるだなんて・・・よっぽどそれが好きなのね」
「!?いや違っ」
「そーかそーか。そんなに家事が好きなんだとは知らなかったぜ」
「悪ノリすんなカイン!」
「ほどほどにな」
「何をだ、ギルバート・・・」
何だかもう、何を言っても無駄なような気がしてきた。
こうしてライは、家政夫としての地位を確立した。
本人の意思とは無関係に。
「はー、良かった良かった。俺たちロクに料理できなくってよ、慶陽が作った分だけじゃ足りなくて困ってたんだ」
「台所は慶陽の領域(テリトリー)だから、どこに何が置いてあるかも分からんしな」
「あのマメな慶陽がカップめんなんて置いておくわけもないですしねぇ」
黒曜たちに腕を掴まれ肩を組まれ背中を押されているライの後ろ姿を見て、カインは呟いた。
「ライ、いつになく大人気だな」
「そうね」

何はともあれ、結果オーライ。




***





「・・・ほら、無事だっただろ?」
「結果的には、だろ」
怪しげな占い師の如く水晶球に手をかざして霧島屋敷の様子を見せていたシヴァの言葉に、すぐさま天覚は突っ込みを入れた。
ちなみに水晶球はリュオンの私物である。
「しかしあのライって奴、慶陽と同族だったとはなぁ・・・」
「どういう意味だよ深紅」
「家政夫って意味じゃないんですか?」
さらりとそんな事を言ってしまうフローラは美月と同族だと霧島二名は思ったが、もし本当に同族だとしたらその後が怖い ので口には出さない。
「良かったわね、お兄ちゃん。仲間がいっぱいいて」
(グレーテル・・・それって慰めのつもり・・・?)
彼女の真意が本当にそこにあるのかは甚だ疑問だったが、やはりヘンゼルも口には出さない。
世の中弱肉強食なのである。
「ところで日光菩薩。私たちを元の世界に帰せ。」
「命令形か。
お前、坊さんならもっと俺たちのこと敬えや」
「月光菩薩はきちんと敬っている。しかしお前はどうあっても敬えそうにないので敬わない」
「俺も三蔵の意見に賛成」
三蔵も天覚も容赦がない。
彼らを連れて来たアビスは、実兄に対しての申し訳なさと三蔵の台詞の正しさとが入り乱れて複雑な気分になった。
しかしアビスも気になってはいた。
一体、いつまで彼らをここにいさせる気なのか。
「・・・シヴァ」
「ヌシの指令だ、しょーがねぇだろ。こいつらは少なくとも今日いっぱいはここにいてもらう」
「言わなくていいのか?」
「言ったら暴動が起きそうな気がしてな」
ぼそぼそと囁き交わし、神二名は周囲の者達を見回した。
なるほど、確かに皆血走った目をしている。シヴァの言うとおり暴動も起きかねない。
「どうにかしてごまかしとくしかねぇだろうな」
「あぁ」
頷き合い、ふと浮かんだ疑問にアビスは口を開いた。
「ついでで何だが、ヌシとは誰なんだ?」
「『Dragonfly in heaven』!時空を超えた主だよ」
「ドラゴンフライ・・・『楽園のトンボ』?」
「まぁな、洒落だよ洒落」
納得したようなしかねるような、何とも落ち着かない気分を鎮めるため、アビスはシヴァから室内に視線を転じた。
そこに広がる阿鼻叫喚の地獄絵図。
「僕の皿からつまみ食いしようだなんていい度胸だね、きみ?」
「そうだぞ天覚。とっとと謝れ」
「いてててててっ!さんぞ、謝れってんなら緊箍呪で締め付けんのをやめろ!うぉおおおおお!頭がくびれる!」
「おいおい、どうせつまみ食いするならバレねぇようにやれよ」
「お前が言うな深紅」
「足りないなら私の手料理でもいかが?」
「フローラ!?いつの間に料理したのよ!?」
「何その鍋いっぱいの緑色の液体!?」
アビスは無言で視線を逸らした。
「シヴァ・・・本当に、放置しておいていいのだろうか?」
「迷うとこだな」
シヴァも若干顔色が良くないところからして、彼もまたどうしようか悩んでいるのだろう。
アビスとしてもこんな処置に困る団体は初めてだ。対策が思いつかない。
「どうするか・・・」
二人とも忘れていたが、霧島屋敷に送られた四名もまた同じ事で悩んでいた。
何故なら彼らもキリシマ・ファミリーに囲まれて途方に暮れていたからである。
「・・・どうすりゃいいんだろうな」
本当に。


こうして、その日の夜は更けていった・・・・・・











END?


後記

遅れに遅れてスイマセン(土下座)
三ヶ月以上も遅れるとは。本当なら当日にUPされるはずだったものを・・・!(怯)
しかも無駄に長い。消化不全だし。
いつになったらこの不快なクセが直るのか・・・はぁ。(嘆息)
文中の「ヌシ」ってのは私のことですね。正しくはFlying dragonでしょうが。
「楽園のトンボ」=「極楽トンボ」。浮ついた暢気者、だそうです。そのまま表記すると漫才のあれと間違われそうだったので(笑)
天覚・三蔵の東勇記ペアと深紅兄は初登場ですね。こんな奴らですよ、はい。
オフで描いた深紅の絵がやたらに好評だったので登場させてみました(そんな理由か)
東勇記の残りの二人とキリシマ・ファミリーの他の奴らは、また別の機会に。
っていうかこいつらの本編書いたれよ自分・・・

up date 04.06.08.



BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送