フローラの誕生日は、3つある。
一つはフローラにも分からない。
一つはVargius16(9月16日)。
そしてもう一つは・・・Aquarius26(2月26日)。
「誕生日が三つもあるってのは、どーゆー事なんだ?」
以前、カインに問われたことがある。フローラがまだ王侯御典医だった頃だ。
それに対するフローラの答えは、こうだ。
「私は三度生まれた、ということです」
その時、会話はそこで終わらせてしまったし、それ以後もそれ以前にも訊かれはしなかったから、それがどういうことか知っている者は 誰もいない。
だから、今再びそれを問われる事は、全く不自然ではないのだと思う。
仲間の誕生日を祝いたいと思うのはごく当たり前のことだろうし、それに際して『三つの誕生日』の意味を知っておかねばならないと 思うのもまた当たり前のことであろうから。
「で、どういう意味なのよ?」
ずいっ、とマイシェルに詰め寄られ、フローラは答えに窮した。
「一つが分からなくて、一つは9月16日。で、もう一つが明日。・・・全然共通点がないよ?」
「大丈夫です。私の中では共通してますから」
「何でこの日なの、って訊いていい?」
「私が生まれた日だからです」
「あんたねぇ・・・それじゃ答えになってないわ」
確かに、これでは堂々巡りが続くだけだ。
けれど他に答えようがないのだ。生まれた日が三つある、だから誕生日も三つある。ただそれだけで。
(肉体的な誕生だけを『誕生日』と呼ぶなんて、誰も言っちゃいませんよ)
その思いを悟ったのか、どうか。ふいにリュオンが問うてきた。
「一つ訊くけど」
何もかも分かりきった上で訊いているかのような微笑を浮かべて。
「きみは今、7歳?」
「・・・は?」
呆れたような声を吐いたのは、グレーテル。
「フローラが7歳だったら、グレーテルより年下ってことになっちゃうけど・・・」
戸惑ったような顔をしているのはヘンゼル。
しかしフローラは笑って答えた。
「やはり導師は侮れませんね。あれだけのキーワードから、もう答えを出してしまうとは」
「僕をなめてもらっちゃ困るよ」
「なめてるわけじゃありません、感心しているだけです」
―――本当に、リュオンは凄い。
彼は『歴史の全てを記憶している』などと言われているが、こういう時、それは真実なのではないかと思ってしまう。
常人なら、こうも素早く記憶を引き出せないだろう。
「・・・・もう、そんな昔になるんですね・・・・・・」
独り言のように呟き、少し冷めたコーヒーを一口すすった。
そんなに前の事だとは思えないのに、時間が過ぎるのは本当に早い。
あっという間にそれだけの年月が過ぎ去ってしまった。
フローラが「生まれた」、その日から。
記憶の海に身を沈めるうち、思い出したくもない記憶までが蘇ってきてしまい、フローラは顔をしかめた。
殆ど手付かずの朝食を押しやって、嫌な記憶を振り払うかのように頭を左右に振りながら席を立つ。
「おい、もう食わねぇのか?」
「後で食べます。今は食欲なくしたのでいりません」
「『三つの誕生日』の答えは?」
「何があっても教えません」
きっぱりとそう言い、フローラはキッチンを後にした。
・・・あんな事を教えてたまるか、と言わんばかりの足運びの速さで。



フローラがキッチンを出てからしばしの後、ぽつりとギルバートが呟いた。
「・・・分からんなぁ」
「何が?」
「9月16日」
ギルバートはため息をつき、がしがしと頭を掻いた。
「2月26日の意味は分かったと思うんだが・・・」
「へぇ、何だと思う?」
楽しげに笑んでリュオンが問いかけた。
「俺もよく覚えちゃいねぇが・・・確か、フローラが王侯御典医に就任したのがその日じゃなかったか?」
「正解だよギルバート」
リュオンが頷くと、グレーテルが驚いたような顔をした。
「それが何で誕生日なの?」
「王候御典医になるっていうのがどういう事だか分かる?」
質問に質問で返され、グレーテルは目をしばたいた。
「どういう事、って言われても・・・」
「それまでの人生を捨てるっていう事さ」
こともなげにリュオンは言ってのけた。
ぎょっとしたヘンゼルとグレーテルはリュオンを凝視する。
それを気にした様子もなく、リュオンは微笑を浮かべたまま語り続ける。
「王候御典医に就任した者は、その生涯をかけて主人を守るのが仕事なんだ。何においても主を最優先とし、主の命令には絶対服従しな くてはならない。・・・だから、王候御典医は家族を持たない」
「それって・・・」
「それまでの人生をひきずってちゃいけないからさ。それに、主人以外に目を向けるわけにはいかないからね。同じ理由で、婚姻も許さ れていない。王候御典医が真実自由になるのは、死んだ後だけだろうね」
と、それまで黙っていたライが急に顔を上げた。
獅子を連想させる鋭い眼差しでリュオンを射る。
「それでも俺は、あいつを束縛しない」
―――――あいつも俺に束縛される必要はない、いつだってここを去れる。
ライの瞳が言外にそう語っている、ような気がした。
がたんと勢いよく席を立ち、ライは踵を返した。
「行くんだね」
「当たり前だ」
「そう」
リュオンと短く言葉を交わしてキッチンを出る。ライの背はすぐに見えなくなった。
「・・・めっずらし。あいつがメシ残していったよ」
「戻ってきたら食べるだろうさ。フローラと一緒にね」
訳知り顔で目を閉じるリュオンは、まさに『運命を読みし者』といった風情だった。



(気持ち悪・・・)
フローラは、自室で一人吐き気と戦っていた。
もう忘れたと思っていたのに。思い出す事もないと思っていたのに。
あの忌まわしい記憶が、蘇ってきてしまった。
一面の赤がフローラを苛む。
(御典医になってからは・・・赤はいい色に変わったんですけどね・・・)
赤の印象を破壊でないものに変えたのは、他ならぬ彼女の主君。
王候御典医となってからは、赤を見るとあの鮮やかな赤い髪を、その持ち主を思い出すようになった。
なのに。
(最低・・・)
フローラはベッドに体を投げ出し、ため息をついて天井を仰いだ。
自分の過去が呪わしくて、吐き気がする。
生まれてこなければよかった、と何度考えたことか。
この生を無に帰そうとしたのも、一度や二度ではない。
そう考えるのをやめたのは、死を前提としてでも仕えていたいと思える主君に出会えたからだ。
誰にだっていつかは死が訪れる。ならば自分で終わらせるのでも何もしないままに終えるのでもなく、主君を守るために命を使うのでも いいのではないか。そう思えた。
2月26日。
その日、彼女はそれまでの人生を捨て、王候御典医として生を受けた。
モノクロだった視界が鮮やかに彩りを帯びた。闇に閉ざされていた全てのものは開かれた。
全ては彼のために。
だから彼女は生きるのだ。
数え切れないほど多くのものを与えられた。言葉にできないほど大きなものを与えられた。
一生かかっても返せないのではないかと思うほどだ。
彼のためならば、この命など惜しくはない。
―――例えお払い箱にされたとしてもついてゆく。そう心に決めていた。
それほどにまで、フローラがライを想う気持ちは強い。
と、ふいにドアがノックされる音が室内に響いた。
ベッドから身を起こして立ち上がり、フローラはドアの方に向かう。
ドアを開けると、そこには仏頂面をした主君が立っていた。
「・・・ライ」
「馬鹿野郎」
その言葉があまりに唐突だったので、フローラは瞬時にそれを理解できなかった。
ライは眉間にしわを寄せ、拗ねた子供のようにフローラから視線を逸らした。
フローラは、その耳が赤く染まっているのを確かに見た。
「馬鹿野郎、・・・嬉しいじゃねぇか・・・」
ぼそりと呟かれた、その台詞。
フローラの脳裏に、王侯御典医に就任したての頃の光景が蘇った。
『なぁ、お前の誕生日っていつなんだ?』
『さあ。私は自分の生まれた日を知りませんので』
『ふーん・・・そうか・・・』
『だから、こうしました』
『?』
『私が御典医に就任した日、Aquarius26を誕生日にしたんです。こうすれば・・・』
『こうすれば?』
「・・・あなたと出会った日のことを、毎年この日に思い出せる・・・」
我知らず呟いていた事に気付き、慌ててフローラは口を押さえた。
しかしライにはしっかり聞こえていたようで、彼の顔は真っ赤に染まってしまった。
珍しい事もあるものだ。彼がここまで感情を顕わにするなんて。
(あぁ、でも顔が赤くなるのなんて抑えられるものでもないですからね)
思って、フローラは込み上がってくる笑いをライに気付かれないよう一生懸命こらえた。
「っ・・・とにかく!」
照れているのを隠そうとするかのように、ライは声を大きくした。
「今日の12時、キッチンに来い。いいか、必ずだぞ」
その剣幕に押され、フローラはこくこくと頷いた。
本当に珍しい。あのライが子供っぽく見える。
「でも、なぜ12時なんです?」
好奇心を抑えきれずに問うと、ライは赤い頬をさらに赤らめた。
「・・・日付変わってすぐ、渡してぇもんがあるんだよ」
もごもごとそれだけ言って、ライはくるりと踵を返した。
キッチンに戻るのだろう。しかし階段を下りる途中で一度振り返り、「いいな、絶対だぞ!」とご丁寧に念を押していった。
残されたフローラは、ドアにすがったままずるずるとしゃがみこんでしまった。
どうやら、腰が抜けてしまったらしい。
(日付が変わって、すぐ・・・ということは・・・・・・)
――――――誰よりも早く、誕生日を祝いたい。
そう遠回しに言った、のだろうか。
(・・・やっぱり、この日は私にとって一番大切な日であるようですね)
あの仏頂面をした男は、どんな顔をしてプレゼントを選んだのだろう。どんなものをくれるのだろう。
不思議と笑いがこみ上げてきた。
あれほどひどかった吐き気は、すでにない。
(これは、12時が楽しみですね)
心の中で呟き、フローラはゆっくりと立ち上がった。吐き気がなくなった途端、空腹が訴えてきたのだ。
まだ少しふらつくが、キッチンまでくらいなら行けるだろう。
さっきライが振り返った瞬間、さらさらと揺れた赤い髪。はっとするほど綺麗に見えた。
記憶の中に巣食う呪いの赤を消し去って、美しく輝く。
やはり自分は、この主君に仕えるためにいるのだ。ライが自分を奈落から引き上げるたび、フローラはそう思う。
きっと、死の間際まで共にいるのだろう。何となくそう確信していた。
(朝食・・・きちんと摂りなおしましょう)
そしてフローラはキッチンへと向かうべく、ゆっくりと階段を降り始めた。

HAPPY BIRTHDAY FLUORA!














後記

やっぱり祝ってる感じがしませんネー(死)
いつになったら誕生日SSらしい話が書けるんでしょう(遠い目)
フローラの『三つの誕生日』。残りの二つにもきちんと意味はあります。でもまぁ、それは別の機会に。
ちなみに9月16日。そういうタイトルの絵が実在します(マジ)
マグリットという画家の絵です。シュールレアリスムの画家。マグリット好きなので、勝手に織り交ぜてしまいました。
木の枝に鳥がとまるように月がとまっている(?)ような、表現しにくい不思議な絵です。
一応、それをイメージして書いたつもりなんですが・・・玉砕しました(駄目じゃん)
っていうかこの話、絶対恋愛話だ。(!?)
自分で書いててそう思いますが、本人達にはその気ナッシングなので作者としてももどかしいです(蹴)
ああ何だかテンションがおかしい。
てなわけで、この辺でやめときます(笑)

up date 04.02.26



BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送