思えばその日は、まるでカミサマが罪滅ぼしにやったような、花曇りの時季には似つかわしくない晴天だった。
まさに青天の霹靂、と呼ぶにふさわしいだろう。
スコールの如く唐突に、それはやってきた。
――――――都立海凌高校、二年Ａ組。
その日のホームルームは、いつもと少し違った。
「あー、今日は皆に紹介したい奴がいる」
そんな言葉で、担任である深沢が編入生の存在をほのめかしたからである。
教室内はにわかにざわめいた。
「ついこの間までイタリアに留学していた奴でな、今日からこのクラスでお前らと一緒に勉強する事になった。が・・・」
意味深な途切れ方をした台詞に、生徒たちの視線が深沢に集中する。
非常に言いにくそうに、深沢は視線を逸らした。
「・・・どうやらそいつ、遅刻らしい」
転校初日から遅刻。
その一事だけで、転校生の性格の一端が分かったような気がした。
少なくとも真面目な堅物ではなさそうだ。
「Ｄ組にも、そいつの妹が編入する事になってるんだが、そっちも遅刻だそうだ」
「双子なんですか？」
「あぁ。そうらしい」
とりあえず名前だけでも教えとくか、と一人頷き、深沢はチョークを取った。
『霧島　慶陽』
その四文字を力強い字で書き終えた途端、突如として複数の男子生徒が絶叫した。
見ればそれは柔道部の部長と陸上部の部員、それに剣道部と空手部の副部長たちだった。
「霧島慶陽！？あの、剛勇無双の霧島か！」
「韋駄天の霧島だ！」
「あの現代の志士と名高い霧島慶陽が来る、だと！？」
「霧島慶陽と言ったら、あの百戦無敗の伝説を持つ男の事ではないか！」
それを聞いて他の運動部に所属する者たちもざわめきだした。
もしかしたら自分達の部にも向いている奴かもしれない、と思ったのだろう。
（部を優勝に導くチャンスか！？）
激しい争奪戦を予想して、それぞれの間で火花が散った。
そんな血の気の多い奴らに辟易し、深沢はため息をついた。
「・・・せめて授業が始まるまでには落ち着いとけよ」
言った途端に響いてくる落ち着きのかけらもない足音と怒声。
「・・・ら言ったでしょう、もっと急がないと間に合わないって！どうする気ですか！？初日から遅刻だなんて恥ずかしすぎますよ！」
「だから急いでるだろ、これ以上急げねぇってほどに！第一お前、遅刻程度で恥ずかしがるタマじゃねぇだろ！」
「そりゃそうですが、私が言っているのは一般論です！」
「俺たちが一般のカテゴリに入んねぇのは周知の事実だっての！」
『廊下を走ってはいけない』という常識を綺麗さっぱり無視しくさった、いっそすがすがしいほどのスピードで駆けてくる足音。 それに重なる声の内容からすると、どうやらこれが件の転校生たちらしい。
徐々に足音が近づいてくる。一方は幾つか手前の教室で止まり――――――恐らくそちらが妹のほうだ――――――もう一方はそのまま 廊下を駆け抜けた。
とは言えＡ組の先は行き止まり、そこに待ち受けているのは壁である。
「やべ、止まんね、っ―――――――――――――――――！！！！！！」
ドゴォン、とひどく痛そうな音と共に、彼は壁に激突した。どうやら勢いを殺しきれなかったらしい。
慌てて深沢が教室を飛び出そうとした。が、それより早く慶陽が教室のドアを開け顔を覗かせる。
「すんません、遅刻しました！」
「だ、大丈夫なのか？怪我は？」
「ちょっと打っただけなんで気にしないで下さい！」
「ちょっとって音じゃなかったぞ！？」
「俺としてはちょっとなんで気にしないで下さい！それに親父曰く『霧島は烏天狗の子孫』らしいですし！」
烏天狗は関係無い。
確かに、彼を「一般」のカテゴリに入れるには多少無理があるようだ。
そう思ったのかどうか、深沢は咳払いを一つして話題を変えた。
「で、遅刻の原因は何だ」
「あー・・・それは・・・」
途端に慶陽は視線を逸らした。あまりおおっぴらに言える内容ではないらしい。
いくばくかの逡巡ののち、覚悟を決めたように彼は口を開いた。
「・・・マフィアに追われてました」
「マフィアぁ！？」
思わず深沢は一歩退いた。マフィアに追われて遅刻する高校生！
「まあよくあることなんですけど、奴ら拳銃だけじゃなく改造車まで持ち出して追ってくるもんで、振り払うのにちょっと 時間が」
まるで野良犬に追いかけられたかのごとくに語る慶陽に、衝撃のあまり深沢は卒倒しかけた。
拳銃！？改造車！？
そんなのに関わってる奴が自分のクラスに！
「どうする気だ！マフィアなんて、そんな奴らが学校に入ってきたら！」
クラスの中の誰かが怯えて叫ぶ。しかし慶陽は、やけに落ち着いた様子で「大丈夫だ」と言った。
「それはない。奴らが処理にあたったから」
奴らって誰だ。
そう聞きたいのはやまやまだったが、聞いたら最後元の生活には戻れないような気がした。
「やっぱ空港から直接来るもんじゃねぇな。あそこは危なすぎだ。でも船便で来るのも危ねぇんだよな、密航者が・・・」
慶陽の呟きを聞き、クラス中が思った。
彼を「一般」のカテゴリに入れるには、多少どころか多大な無理があるようだ、と。
「・・・霧島。とりあえず自己紹介して、席に着け」
「あ、はい」
ようやく衝撃から立ち直った深沢の言葉に慶陽は頷き、教壇に立ってお辞儀した。
「どうも、霧島慶陽です。趣味は読書、特技は料理。座右の銘は『手出しされない限り相手にしない』です。よろしくお願いします」
この自己紹介を聞き、クラスメイトたちは意外に思った。
趣味は読書？マフィアに追われるような奴なのに。
特技は料理？マフィアに追われるような奴なのに。
手出しされない限り相手にしない？じゃあマフィアに手出しされた理由は一体。
クラス中にそんな思いが満ち溢れているのを意に介した様子もなく、慶陽は桂木に問うた。
「で、席ってどこですか？」
言われて初めて深沢は、慶陽が座るべき席を教えていなかったことに気付いた。
ぐるりと教室中を見回す。空席は、ただ一つ。
「二階堂の後ろが空いてるな」
深沢が窓際の最後尾を指差す。しかしそれを見るまでもなく、慶陽は「げっ」と呻いた生徒に目をやった。間違いなく彼の後ろだ。
そういう反応をされるのには慣れているのだろうか、二階堂の態度を気にした様子もなく、彼は平然とそちらに向かっていった。
背負っていた荷物を横に掛け、がたん、と椅子に腰を下ろす。
「よろしくな」
前に座る二階堂に、慶陽は声をかけた。反応が無いことを覚悟していたのだが、しかし二階堂は振り返って慶陽に話しかけた。
「なぁ、『奴ら』って誰だ？」
一瞬何のことか分からなかったが、すぐに「ああ」と思い当たり、答える。
「兄貴たちだ。実力のほうは親父のお墨付き」
「兄貴『たち』って、何人兄弟なんだ？」
「１１人」
「１１人！？」
 あまりの多さに二階堂は目を見開いた。少子化が叫ばれている昨今、なんという多さだ！
「ただし、血が繋がってるかどうかは俺も知らねぇけどな。どうでもいいから訊いてねぇし」
「あぁ、そうか・・・」
どうやら家族のほうも常識では計り知れない存在らしいと悟り、どこか諦めたように二階堂は視線を逸らした。
寛大と言うか、兄弟に対して興味がなさすぎると言うか。
「で、お前、フルネームは何て言うんだ？」
「あ？俺？」
「山之辺 健。オレは、ね」
唐突に割り込んできた別の人物の声に、二人はそちらを向いた。
「健」
「へへっ。ハジメマシテ、霧島♪」
軽く驚いたような二階堂に笑ってみせ、ごく人懐こい様子で、二階堂の前に座る人物――――山之辺 健は慶陽に手を振った。
「お前がフルネーム訊いた、こいつは二階堂 誠ってんだ。よろしく」
「お前が言うな、お前が」
じゃれあう二人に、慶陽も口元を緩める。
「―――――慶陽でいい」
「ァん？」
「霧島、じゃなくて慶陽でいい」
「あ、じゃあオレも健でいいよ！『山之辺』って呼びにくいし」
「俺はやめとく」
「えー、何だよそれ。慶陽、こいつの呼び名はもう一生『二階堂』でいいからな！」
「一生かよ！？」
親しげに馴染んだ三人の様子に、他の者達も警戒を解いたらしくクラスの雰囲気が柔らぐ。
肌でそれを察した慶陽は、誰に言うでもなく一人微笑んだ。
二階堂と口論していた健が、慶陽に意見を求める。
「なあ慶陽、オレって犬っぽい！？なあ犬っぽい！？」
「犬以外の何者でもねぇよなぁ、慶陽！？」
「そうだな」
「あ、ひどっ！肯定した！ぜってー犬なんかじゃないって、オレは！」
「どこがだよ！どっからどう見ても犬だ、お前は！柴犬！」
「犬種まで限定！？」
「レトリバーでもよくねぇか？」
「お前までンなこと言うのかよ、慶陽！」
そんな三人を、周囲は生温かい視線で見守った。誰一人として健に同意しないあたり、彼がどう思われているか伺えるというものである。
「オレは犬じゃねー！」
「おやおや、人と犬の区別もつかなくなったんですか？山之辺くん」
「げ、せんせ・・・。あれ？もうチャイム鳴って・・・！？」
「とっくですよ」
「す、スミマセン！」
「早く席に着きなさい。・・・では、授業を始めます。あぁ、編入生が来ているそうですね？・・・」


かくして、嵐の編入生・霧島 慶陽のいる海凌高校の日々は始まった。
その中で慶陽は生きた伝説として名を上げてゆき、彼と共にいる二階堂と健は慶陽の同類とみなされて３トリオならぬ変トリオ として名を知らしめることとなるのを、まだ誰も知らない。



BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送