魔人×3(マジンサンジョウ)

眉目秀麗・成績優秀・品行方正。それが彼女を彩る言葉。
周囲からの信頼も厚い彼女、倉持 新は今、誰にも言えない秘密を抱え苦悩していた。
今日も教師やクラスの友人に「顔色が悪い」と心配されるのを必死でごまかし、何とか一日を終えて帰路に着いたところだった。
最近一人暮らしを始めたばかりの彼女が向かう先は、己の新居であるアパートだ。そこに近づくにつれて重くなってくる足を引きずり、 地獄に通ずる扉を開けた。
「よっす新、お帰りィ!メシにするか?風呂にするか?それともオレに
その台詞が言い終えられるより早く、教科書や辞書がぎっしり詰まった鞄が新の手から全力で放たれた。
聞き苦しい悲鳴がご近所まで聞こえないようドアを閉め、新は足音も荒々しく居間の端で痛みに悶絶している男の元へと向かった。
「・・・・・・あんた、何やってるの」
静かな怒りに満ちた声で、新は男に言った。
彼女はここで一人暮らしをしているのだ、男がいるなんて本来ならありえない。しかし彼はここにいる。――――呼んでもいないのにも拘らず。
彼は怯えた目で新を見上げる。
「な、何って、メシ作って風呂の用意して・・・やましい事はしてねぇぞ?」
「ああそうね。やましい事なんてしてたらただじゃおかないけど、私が言いたいのはそこじゃないわ」
新はきっぱりと断言し、きつい眼差しを男に注ぐ。
「私が言ってるのは現在進行形、――――あんたの、そのイカレた格好のことよ!」
それを聞いて初めて気付いたかのように、男は自分の格好を改めて見直した。
彼の着衣は褪せた藍色の袴のみ、つまり上半身は。それだけでも十分に近寄りたくないというのに、あろうことか彼はその上からフリルのついた何とも可愛らしいピンクのエプロンを纏っていた。 変態である。
だが彼はそれを恥じた様子もなく、むしろ嬉しげに胸を張った。
「あぁ、似合ってるだろ?恋人に料理を作る時はコレを着るのが決まりだって聞いたんでな、着てみた。」
着るな馬鹿者!似合う似合わないの問題じゃないし、そんな決まりもないわよ!第一、誰と誰が恋人だっての!?」
「オレとお前に決まってるだろ、新」
「急須に戻れ馬鹿者――――――――――――――――――――――――――!」
新が全力で叫ぶ。すると彼は紫がかった煙とともに消え去った。
男の名は義臣。信じられないことに彼は人間ではなく、―――魔人だった。しかもランプでなく、急須の。
親元を離れる際、蔵にしまわれていた骨董じみた急須を持ち出してきてしまったのがそもそもの災い。緑茶でも飲もうかと急須に茶葉と湯を入れた三分後、 爽やかに笑う変態が煙とともに湧き出てきたのだった・・・・・・。
義臣曰く「オレ日本出身だしィ、まぁ形が似てるからいいじゃん」とのことだが、新としてはランプであればまだ警戒できたのに、 という気持ちでいっぱいだった。
ランプ魔人の如く願いを叶えてくれるなら「帰れ」と命じることが可能だという希望を持てたのだが、そういうことは一切ないらしい。
せめて中に詰まっていたのがもっと常識人だったらな、と遠い目をして現実逃避する新に、キッチンから声がかかる。
「新〜。早くしないとせっかくのメシが冷めちまうぜ?」
義臣の声だった。力なくそちらに目をやれば、流し台の上に置かれた急須がヤカンの如く湯気だか煙だかを出して自己主張していた。
ため息をついて居間のテーブルに視線を転じる。綺麗に並べられた和食は非常においしそうだが、先日痺れ薬を盛られているのに気付かずそれを食べてしまい、 寝込みを襲われたことを考えると口にしない方が無難だろう。あの時と同じように釘バットを振り回して撃退するのもまた面倒だ。
しかも、これを作った時の義臣の格好は、例の裸エプロンだ。その光景を思い浮かべると、食欲そのものがなくなった。
自炊しよう。何か消化のいいものを作って、潰瘍にならぬよう胃をいたわってやろう。痛む頭でそう考え、新は億劫げに行動を開始した。
抗議の悲鳴を上げる急須をゴミ袋に放り込んで口を縛り、流し台の下から鍋を取り出す。これも例の蔵から持ち出してきた物だが、 こんな近代的な鍋(ステンレス製)から何か湧き出るなどということはあるまい。
しかし、鍋に水を汲んでコンロにかけた三分後、それは起きた。
湯が沸くには明らかに早すぎるのにも関わらず、鍋からは水蒸気のような気体が立ちのぼりだした。うっすら紫がかったそれは、 新にとっては見覚えのありすぎるもの。彼女は眉間に皺を寄せた。
ふいに煙が濃度を増した。一気に視界が霞むほどにまでなったそれの中から、人影が現れる。
ふぅっと実体化したその男は、新を見るなり悲鳴を上げた。
「う・・・・・・うわぁぁぁあああああ!何ですかこの胸部に肉のついた髪の長い生物は!来るな来るな来るな――――――――――――――――!」
湧き出た。
義臣一人だけでも十二分に迷惑なのに、なぜまた増えるのか。真っ青な顔で震えている鍋魔人に、新はいじけたくなった。 自分は一体どんな星の下に生まれついてしまったのだろう。
いつの間にかゴミ袋から脱出していた義臣が、鍋魔人に親しげな笑顔を向ける。
「よう、祐ノ輔!江戸ぶりだなぁ弟よ!
何だか今、聞き捨てならない台詞を聞いてしまった。
江戸ぶりだとかいうのもそうだが、問題はその後。
嘘だろう、と全力で問いたい新の前で、鍋魔人こと祐ノ輔は義臣に飛びついた。
「あ、兄者っ!一体何なのですこの生物は!」
鍋や急須から湧き出してくる生物に言われたくない台詞だが、それよりショックだったのはやはり彼が義臣に対して使った呼びかけの単語。
兄者、と言った。間違いなく。
「あんたたち・・・・・・兄弟、なの・・・・・・?」
「おうよ!よく似てるだろ!
自信たっぷりに放たれたその言葉、百八十度ひっくり返して叩きつけてやりたい。新は真剣にそう思った。
どこをどうすれば、ここまで自信を持って「似ている」などと言えるのだろう。
義臣はずるずる伸びた長髪をそのままに、綻びだらけで色褪せた着物をだらしなく着崩している。よく日に焼けた肌は健康そのもの、 病魔のほうが逃げ出しそうだ。対する祐ノ輔は髪をきちんと結っており、火熨斗(アイロン)のきいた真新しい着物をぴしっと着ている。 抜けるように白い肌からは、美人薄命という言葉を思い起こす。
義臣は好色で時に裸エプロンまでやっちまうようなナチュラルハイだが、祐ノ輔は女と見れば一目散に逃げ出すような神経質さ。
これで本当に二人が兄弟なのだとしたら、それこそまさしく遺伝子の神秘だ。
とりあえず、と新は祐ノ輔に接触を試みた。未知の生物に対する冒険者のような慎重さで、そろりと近づく。
「ひッ!」
新がそっと手を伸ばした途端、彼は短く悲鳴を上げて気絶した。失礼極まりない。
「あーあ。ったく、祐ノ輔のやつ、ま〜だ女嫌い治ってなかったのかよ」
呆れたように義臣が呟く。新は彼に問いかけた。
「昔っからなの?これ」
「あぁ。オレが連れ込んだ女たち色々されたらしくてな。それ以来、めっきり」
貴様のせいか。
新は義臣に殴りかかりたくなったが、後のことを考えて、それはやめた。義臣の力を借りずして、祐ノ輔を運んでやる事はできない。 このままキッチンに放置しておくのではあまりに哀れだ。
「・・・とりあえず、彼をベッドに運んであげましょう」
「どこの?」
「私の」
答えた途端、義臣は猛反発した。
「何でだよ新っ!何でオレは釘バット振り回して撃退するくせに祐ノ輔はいいんだ!オレだってまだお前のベッドに寝たことは、 ゴフゥッ!?」
そんなことしてたら質屋に売り飛ばしてるわ!しょうがないでしょベッドは一つしかないんだから!それに彼はあんたみたく下心満々じゃないでしょうしっ!」
喉元めがけてチョップを繰り出された挙句、ひどい言われようである。哀れ義臣。
「さぁ、分かったらとっとと働く!」
「・・・分かりました」
女王様、と彼が内心付け加えたことを新は知らない。
義臣が我が弟を運び上げようとしている間に、新は冷蔵庫を開けた。怒鳴りすぎて喉が渇いたため、何か飲もうとしたのである。 できることなら緑茶以外の飲み物が望ましい。
(・・・ん?)
そこにあった黒いペットボトルに新は目を留めた。買った覚えのない品だ。
ラベルも何もない、見ただけなら墨汁でも詰まっているように見えるシロモノ。何となく興味を引かれ、新はそれを手に取った。
ふとそちらに目をやった義臣が悲鳴を上げる。
「おいお前、それは・・・!」
時、すでに遅し。新はすでにそれの封を切ってしまっていた。
途端に吹き出す紫がかった煙。
まさかと思った時には、すでに煙は人型を取っていた。
「あー窮屈だった。あれ、叔父さん。やだなぁ、また倒れちゃってるんですか」
ペットボトルに封じられていた魔人(仮)は、意外にちんまりした子供だった。
彼は人型を取るなり祐ノ輔に気付き、彼の元へと歩み寄っていった。
ちなみに義臣は、少年の姿を見た時点で遠くキッチンの隅まで逃げた。祐ノ輔を見捨てて。
「駄目ですよ叔父さん、こんなところで寝ていちゃあ」
少年は素晴らしい笑顔を湛え、ドス☆という効果音が欲しくなるほど力強く祐ノ輔のみぞおちにキックを入れた。
「げぅッ!?」
「お目覚めですね、叔父さん」
祐ノ輔は視線を上げ、この小さな体躯の持ち主を見た。
「あー・・・あなたでしたか、獅子丸。お久しぶりです」
あんな危ない起こし方をされて平然としているあたり、彼も立派な変人である。
そしてその変人は、キッチンの隅で小動物よろしく震えている兄に目をやった。
「・・・兄者?一体、何を?」
義臣はびくりと背を震わした。
「いっ、いやあ別に何でも!?ただ、急に薄暗いところが恋しくなってな!」
その怪しすぎる言い訳に、祐ノ輔のみならず新と獅子丸までも眉をひそめた。
ひたり、と獅子丸が義臣に歩み寄る。
「父上」
いやに静かな声で、彼は呼びかけた。
「久しぶりの再会だというのにその態度、まさか僕が怖いなどとは申しませんよね?」
「いっ、いやまさか!」
その声の引きつりように、新は獅子丸の言った事が図星だったらしいと悟った。
「し、獅子丸くん。そのくらいにしておきませんか」
「そうですね」
恐る恐る呼びかけた祐ノ輔に、獅子丸は笑顔で答えた。
その笑顔の爽やかぶりときたら!
あまりに義臣と似たそれに、新はショックを通り越して泣きたくなった。
見た目は結構可愛いし言葉遣いも丁寧だし、方向性さえ間違えなければ態度だって礼儀正しいのに。
やはり、先程の台詞は聞き間違いではなかったのだ。「父上」という、義臣に対する獅子丸の呼びかけは。
「・・・やっぱり彼は、あんたの息子なのね・・・」
「ま、まーな。あ、息子っつってもオレの大事な部分じゃ」
「ないのは分かってるわよ馬鹿者。
で、この子の母親は?」
新は義臣に向かって訊ねたが、この質問には祐ノ輔が答えた。一旦冷静になれば、女性とでも普通に会話できるようである。
「僕が聞いた話だと、タッパー詰めにされたそうですが」
さらりと壮絶な事を言ってくれる。
間違いなく彼も義臣の血縁者だ。新はそう確信した。
「・・・それにしても、あんたたち・・・」
ため息とともに、新は呟く。
「父は急須、叔父は鍋。息子はペットボトルで母はタッパー。―――――一体、どんな家族なの。っていうかそもそも、封印された理由は?」
「あー、それオレが原因。
義臣がさっと挙手した。
「ちぃっとばかし美人な内親王(=天皇の娘)がいたんで夜這いかけようと思って内裏に侵入したら、何でか妖怪変化と間違えられたらしくてな。 陰陽寮の奴ら総出で追いかけられたんで家に逃げ込んだら、その瞬間に、ボンッ!と」
「まったく、迷惑な話です」
もう一体どこから突っ込めばいいのやら。
内親王に夜這い?内裏に侵入?妖怪変化と間違えられて封印された?
「あんたたち・・・正真正銘の阿呆でしょ・・・」
「やだなぁ、僕まで含めないでくださいよ。阿呆は父だけです」
息子にまでひどい言われようである。
「獅子丸・・・お前って奴ぁ・・・」
目尻の涙を拭いつつ義臣は呟いた。その背中に何とも言えぬ哀愁が漂っているのは、気のせいではないだろう。
そうか、と新は思った。こういう扱いだから、義臣は獅子丸を恐れているのだ。
「それで、母の居場所は?」
「そう!そこなんだよ新!」
新がその話題を振った途端、急に義臣は元気を取り戻した。
「神薙の血が流れてるお前にならできるはずだ」
いつになく真面目な面持ちで、義臣は新と視線を交えた。
何を言われるのかと新は息を呑む。
「頼む、新」
土下座せんばかりの勢いで、彼は新に頭を下げた。

「頼む。――――――――――あいつを探してくれ!」

新は沈黙した。
今、彼は何と言っただろう。「あいつを探してくれ」?
あいつというのはもちろん、タッパー詰めにされたという義臣の妻のことだろう。
「父上。父上と母上の間には、まだ愛が残っていたのですね」
「いや、そんなの元々ないに等しいけどよ、そろそろ探すフリくらいはしとかねぇと・・・なぁ?」
色々と聞き捨てならない台詞が聞こえてくるが、新が聞きたいのはそこではない。
「『神薙』って、何でおばあちゃんの苗字が出てくるの?」
「神薙は『巫』の当て字、つまりそーゆー系統の一族だってことだ。代々オレたちを管理してきた血筋でな、オレたちの封印が解けるたびに封印しなおしてきた奴らさ」
こちとら害なんてねぇのに、などとぼやいているが彼らは害と呼ぶには十分な存在だと新は思う。
「ちなみに、僕らがこんな近代的なものに封じられていたのは貴女の母上がそうしたからです」
獅子丸の言葉に、新は一瞬母に対して殺意にも近い感情を覚えた。
妙なところでものぐさな彼女が「まぁいっか」と呟きつつ獅子丸や祐ノ輔を封じる場面がありありと想像できてしまったからである。
「なぁ、頼むよ新!獅子丸を制御できるのはあいつだけなんだ!」
いつの間にやら新のすぐ横に近寄ってきていた義臣が、必死の形相で囁きかけてきた。どうやら本当に獅子丸が怖いらしい。
「・・・そんなに怖いならあんたがしっかりしつけなさい
至極真っ当な台詞を吐いた新に、義臣はさらなる力を込めてしがみつく。
「それができてりゃ苦労しねぇって!なぁ新!お願いだから、あいつを!」
探してくれ、と彼が言い終えるより早く、軽やかなチャイム音が聞こえてきた。
ドアの覗き穴から見てみると、どうやら宅配便のようだ。新はドアを開けた。
「すんません、ハンコもらえますか」
配達員の言葉に従い、差し出された紙にハンコを押す。そして荷物を受け取り、居間へとそれを持っていった。
「何だ?その箱」
「さぁ」
今さっき届けられたばかりの箱に、四人の視線は集まった。大きくも小さくもない微妙な大きさの段ボール箱。そこに張られた伝票の差出人欄に母の名が書かれていると気付き、新は僅かに不安を感じた。
「『生物』と書いてありますが、これの読みはナマモノですかセイブツですか?」
「宅急便で生きた物が送られてきたらビックリよ」
「それもそうですね」
そんな会話を繰り広げつつも、新はガムテープを剥がして箱を開けた。
そこに収められていたのはドドメ色のタッパー。
「こ、これは・・・」
四人はごくりと息を呑んだ。真っ先に思いつく中身は魔人だが、まさかそんな。
「新どの、ここに書状が」
祐ノ輔が差し出したそれを新は受け取った。どうやらタッパーと一緒に入っていたらしい。
開いてみると、そこにはごく簡潔な文が綴られていた。
『新へ。そろそろ全員揃ってるでしょうから、これでコンプリートしてね☆』
新は本格的に母を恨んだ。
これで中身は確定した。間違いなくこれは魔人入りタッパーだ。
「・・・開けてもいいか?」
「やめて」
げんなりと新は首を振った。ここは一人暮らし用のアパートなのだ。ただでさえ狭苦しいところに五人も納まっていたらやりきれない。 肉体的にも精神的にも。
「頼む、開けさせてくれ!」
「大却下」
これでは埒があかないと思ったのか、それまで黙って二人を見ていた獅子丸がタッパーを手に取った。
「新さん、父上。どうせ逝くなら潔く逝きましょうよ
素晴らしい笑顔でそう言い、彼はおもむろにパンドラの箱(タッパー)を開けた。
「あ」
「あ・・・」
制止しようと伸ばした手もむなしく、タッパーからは紫がかった煙が湧き出る。









――――――新の災難は、まだまだ続く。









強制終了




後記
何だか色々やっちまったぜ的な感情を隠し得ない作品です(遠い目)
今回の部誌原稿群の中で唯一のギャグ作品。だからこんなはっちゃけちまったのか?
義臣の裸エプロンが非常に印象強いらしく、これを一度でも読んだ人になら「裸エプロンの話」と言うと通じます(微笑)
そして実はこれ、霧島とリンクしているのです。何故なら新さんは慶陽のクラスメイトだから。
設定にも載ってます。でも、この話ではその設定を生かしきれておりません(死)
続編や魔人たちの設定や詳しい事情も書きたいなあ、などと思っている今現在。(ぇ
要望があれば書くかもです。

up date 04.06.26.



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