天界の東部は、戦場と化していた。

「逃げるな、勝機はある!」
怖気づく味方に檄を飛ばしながら、彼女自身も剣を振るう。
すでに地面は紅く染まっていた。
がしゃん がしゃん
「アビス様、後ろ!」
キィン!
ザッ    ・・・どさっ。
(ここは戦場だ・・・気にしちゃいけない・・・)
四大神として東方守護を命じられているアビスは今、悪魔たちと戦っている。
天界の安全を保つため。そう言えば聞こえはいいが、彼女は殺人人形として使われている気がしてならなかった。
血の穢れを嫌う天界で唯一『殺し』を許されているのが十二神。
だから、こういう時は率先して立ち向かわなくてはならない。
悪魔を殺さなくてはいけない。
がちゃがちゃ煩い鎧の音も交えた剣から出る火花も腕や顔にかかる生温かい血の感触も、アビスは嫌いだった。
それでも、戦わなくてはならない。仲間が殺されるのを、少しでも防ぐために。
「かはっ・・・」
 ど さ っ 
その時、共に戦っていた十二神の一人が斬られた。アビスの目の前で。
「アンディーン!」
「ふっ・・・はっはっはっはっは!水神を討ち取ったぞぉ!」
狂ったように笑う悪魔の足元には、すでに肉塊と化したアンディーンがいた。
たった今まで戦っていたはずの彼女は、もう二度と動きはしない。
血だまりの中、笑い声だけが異質な響きを持っていた。
「はっはっは!これでジェム階級も夢じゃねぇ!」
(こんな、奴に)
剣を握る手が震える。
(こんな奴に、アンディーンは殺された)
名誉欲の塊のような、大馬鹿者に。
ふいに、殺意がわいた。
(殺してやる)
衝動的に制御装置を外す。
がちゃんっ
辺りに、重い金属音が響いた。
「!?制御装置を・・・・・・・・・っ!!」
その悪魔の声は最後まで発される事なく、消えた。無理もない。首が二つに裂けてしまったのだから。
背後に迫っていた別の悪魔も袈裟懸けに斬る。








「死ね。」








・・・・・・その後のことは、もう覚えていなかった。



***




いつの間に葬儀は終わっていたのだろう。
気が付けば、静まり返った礼拝堂にはアビスしかいなかった。
「アビス」
名を呼ぶ声に振り向けば、そこには双子の兄が立っていた。
黒いロングコート、黒いズボン、黒いシャツに黒い靴。見事に黒づくめだが、これは喪服ではない。彼の普段着だ。
それでも同僚を弔う気持ちがないわけではない証拠に、その手には、シヴァに不釣合いな可愛らしい花束が握られていた。
「・・・シヴァ。どうしたんですか」
聞かずとも分かっていることを、アビスはわざわざ訊ねた。
花束を供えに来たのだ。だが、何か話して気を紛らわさなくては、涙がまた溢れてきそうな気がした。
葬儀中も、みっともないほど泣きじゃくったというのに。
そんなアビスの心情を知ってか知らずか、シヴァは十字架の下に無造作に花束を置き、呟いた。
「泣いても、アンディーンは帰ってこねぇぞ」
「・・・・・・知って、います」
「明日には次の水神が来るとよ。なんも知らねぇ新人だ。お前が手本を示してやれ」
「・・・えぇ」
シヴァは悲しくないのだろうか?
葬儀のときに泣いているのを見たはずなのに、こうも淡々と言われると、それすら疑いたくなってしまう。
「配属の奴が死ぬのは、初めてか」
言われて思わず顔を上げると、そこにはひどく哀しげなシヴァの顔があった。
「慣れろとは言わねぇが、自分の立場も考えろ。新人がこっちに慣れるまでの辛抱だ。その頃には、悲しいのも落ち着いてくる」
彼もおそらく、そう自分に言い聞かせて、今までやってきたのだろう。
そう考えでもしないと、やっていられなかったのかもしれない。
次々と死んでいく同胞たち。
強すぎるがために、死ねない自分。
『いつまで戦えばいい?』
答えなど存在しない問いかけを、何度となく心の中で繰り返して。
(ゼウス様・・・私達は、どうすれば・・・)
無意識のうちに、胸の前で手を組む。
(どうすれば、この苦しみから開放されるのでしょう?)
もう帰ってくる事のないアンディーン。
神々といえど、命は有限。
戦争さえなければ失われなかったであろう、たくさんの命。

(・・・戦争さえ、なければ?)

考えて、はたと気付いた。
『全知全能の』神であるゼウスは、世界を統べる。
全てを知る天帝は、未来に何が起こるかも知っているはずではないか。
なぜ教えてくれない?
アンディーンが死ぬのを知っていて、黙って見ていたというのか?





そもそも全知全能を謳うなら、なぜ戦争をとめてくれない?





誰もがうすうす感じているであろう、そして知らぬふりをしているのであろう疑問を、アビスは無視できなかった。
無意味な戦争。死にゆくのに救われない同胞。
何もしてくれない、天帝。

行き着いたのは、神々が抱いてはいけない、禁断の疑問。


























(・・・ゼウス様は、なんのために存在しているのでしょう?)


























この日から、彼女の反乱は始まった。


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