「・・・・・・処分すべきものは、これで全部か」 アビスは軽いため息とともに一人呟いて、半ば呆れた気分で目前に積まれた四つの箱を見やった。 (こんなにあったのか・・・・・・) 大した量ではないだろうとたかをくくって片付け始めたのだが、いざ全てを分別し終えて見てみると、床の上には結構な大きさの山ができていた。 とりあえず適当な箱に詰めてみたら、一つ一つの箱がとんでもない重さになっていて吃驚した。 これを全て捨てるとなると、思っていたより大変な作業になるだろう。 しかし、これは必要な事なのだ。絶対にやらねばならない。 (まあいい。とにかく着替えよう) アビスが【死神】保持者となってから、すでに六日。その間していた事はと言えば、ただここに閉じこもっていただけ。 そろそろ行かねばならないだろう。 悩みが去ったわけではないが、ここに閉じこもっているだけで全てが解決するわけでもないのだから。 アビスはクロゼットを開け、唯一セットになっている服を取り出した。 Yシャツに象牙色のズボン、膝まであるブーツと青い上着。 その服が重大な意味を持つことは、誰もが知っている。 知っていながら、アビスはその服を手にした。 それまで着ていたシャツとジーンズをそれに替え、ブーツを履いてズボンの裾をその中に押し込む。 ズボンのベルトに愛用の剣を吊り、革紐を通した菫色の小袋を首にかけ、背に流していた月光色の髪をきりりと括る。 最後に、青い上着を翻して袖を通した。 クロゼットの戸に付けられた鏡を見れば、思ったとおりの格好をした自分がいた。冥府で見たあの悪魔はいなかった。 複雑な気分になって、アビスはクロゼットを閉めた。途端、ドアがノックされる。 恐らくはカイトだろうと見当をつけ、アビスはドアに向かって声を投げかけた。 「入れ」 がちゃ、とドアが開く。礼儀正しく一礼するその青年は、思ったとおりカイトだった。 彼は顔を上げ、アビスを見た。 その目が、驚愕に見開かれた。 原因は分かっている。この服を着ているせいだ。 「アビス、様・・・・・・その格好は・・・・・・・・・・・・」 「軍服だ」 こともなげに答えてみせれば、カイトは困惑したようにアビスを見返した。 アビスはそれに構う事なく、机上に置いてあった書類の束を取ってカイトに渡す。 「これからしばらくの間、私は天界を留守にする。したがってその間、あなたには私の代任を務めてもらうことになる。私の署名が必要 なものはすでに済ませてあるから、その他をあなたに任せることとなる」 「・・・・・・行き先は」 「人間界」 「では、その箱の中身は」 「主に服や小物。女の匂いがするもの全て」 それらの答えはすでに予期していたのか、カイトは「やはり」といった顔で目を伏せた。 彼はアビスをよく知っている。だからこそ、何を考えてこの道を選んだかも理解するだろう。 「六日。・・・・・・それだけの間を思考に費やして・・・・・・出した答えが、これなのですか」 額に手を当ててカイトは呻く。 「【死神】保持者となった以上、女であり続ける事も、天界に居続ける事もできはしない、と。貴女はそう申されるのですか」 「ああ、そうだ」 アビスは頷き、真っ向からカイトを見据える。 「私の中に潜む闇は、命を育むことも、純白の世界に身を置き続けることも許しはしないだろうよ。だから私は、それらをやめる」 「そうなさったところで、実際は何も変わりはしない!」 血を吐くようなカイトの叫び。 アビスはそれに、ひどく静かな声を持って答えた。 「しかし、これが私の出した答えなんだよ。――――――私は、『アビス』を演じる」 軍服を纏い、剣を帯び、男言葉で話して、これまでの自分とはかけ離れた『アビス』を演じるのだ。 そうすれば、【死神】を身の内に抱いているということすら演技の一環なのだと、自分に言い聞かせる事ができるから。 いつかは舞台を降りられる日が来るのだと、希望を持つことができるから。例えそんな日は永遠に来ないとしても。 「すまない、カイト。・・・・・・それでもこれが、私の答えなんだ」 これは「逃げ」なのだというのは重々承知の上だ。それでも、これ以上の方策は思いつかなかった。これしかなかった。 他の道をとって精神を崩壊させずにいられる自信がなかった。 アビスは服の上から首にかけた小袋を握り締める。中にある魄玉の感触を確かめるようにすると、少しだけ落ち着いた。 「すまない・・・・・・」 繰り返すアビスに、カイトは無言で頭を下げた。 彼は恐らく、アビスがこうする事で多大な迷惑を被る者の一人だ。彼自身もそれには気付いているだろう。 それでも何も言わずにいてくれるのが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。 書類の束を抱え直し、踵を返して退出するカイトの背を、アビスはただ見ていた。 執務室のドアが閉められてもなおそちらを見続け、にわかに背後の窓へと視線を転じる。 そこから見えるゼウスの神殿に静かな、しかし鋭い眼差しを送り、アビスは口を開いた。 「それでもこれが、私の答えだ。―――――あなたと、私の内に眠る悪魔と、【死神】に対する」 その表情にはすでに、先程までの悲痛なものはない。いっそすがすがしいほど敵意一色に染め上げられていた。 『どうせ 神々の白き世界を敵に回すなら』 そう考えて彼女は『アビス』を演じるにあたって、この服を選んだ。軍服とはそもそも、戦うための衣装だから。 神殿から目を逸らすことなく、アビスは再び口を開く。 「この格好を以て、あなたへの、―――――あなたがたへの答えとさせて頂く」 同日、人界にて。 ラウル空賊団一行を乗せた飛行船は、今日も空の上を泳いでいる。 あいにくと曇天だったが、雲よりも高いここに下界の天気など関係ない。どこまでも続く蒼穹は、下界で見るよりずっと広かった。 そんな空をぼんやりと見ながら、シヴァは見張り台の上に寝転がっていた。 (・・・・・・六日か) 敵の姿一つ見えない中での見張り番という何とも暇なお役目に飽き、彼は今日何度目になるか分からない思考に再び浸った。 「アビスが【死神】保持者となった」という知らせを受けてから、すでに六日。その間彼女は自室に篭り続けており、一向に出てくる気配はないという。 アビス直属の部下であるカイトに状況を逐一伝えるよう頼んだおかげで天界に赴かなくともアビスの様子を知る事はできた。しかし、これ までに届いた手紙の内容は全て同じ。 『アビスは自室に篭ったまま。中で何をしているのかは不明』―――・・・・・・ (・・・・・・何やってんだよ、お前) シヴァは右腕を額の上に置き、ぐっと目を細めた。己が司るものであるはずの太陽がやけに眩しい。 (ンな事してる暇はねぇってのに) これからずっと【死神】という重荷を背負っていかねばならない苦しみは分かる。そのために今、ひどく苦しんでいる事も。 けれど。 ―――――ひょっとするとアビスは、これから未来がどうなるか、その鍵を握っているかもしれないのだ。 シヴァ自身がそれを知ったのは一昨日のこと。魔界で情報屋を営んでいる知り合いが「親友の誼」とやらで教えてくれた。 もしも彼がもたらした情報が正しければ、アビスはすでにその渦中に立っていることになる。 それを教えようにも、本人が出てこないのだからどうしようもない。手紙を送るのも、内容が内容だけに躊躇われた。 (ったく、どうしろってんだ・・・・・・) シヴァは心の中で毒づいた。 早く、早く出て来い。と、そう願うしかできない自分がもどかしい。 こうしている間にも、事態は進んでいるのだ。一刻も早くアビスに伝えなくてはならないのに。 (早く―――――――・・・・・・・・・・・・、?) と、唐突にシヴァは異変に気付いた。周囲の空気がさざ波立つように震えている。 飛行船のエンジン音とは明らかに違う、この特徴ある細かな振動。これは。 それが何たるかを知ってシヴァが半身を起こした瞬間、すぐ足の下――――飛行船の中から、ゆわりと馴染んだ気配が伝わってきた。 たゆたう水のような、清廉なる光を投げかける銀月のような。 シヴァは軽くため息をついて天を仰いだ。 どうやら、望むものは訪れたようだ。 血を分けた己の半身、その気配を間違えるほどシヴァは愚かではない。 (・・・・・・行くか) ゆっくりとシヴァは立ち上がった。どうせ敵などいないに等しいのだ、見張りを離れたところで誰も文句は言わないだろう。 ハッチを開けて船内に飛び降りる。危なげなく着地して顔を上げれば、予想通り、見間違えようもない己の半身がいた。 しかし、その格好はどうした事だ。 「アビス、お前一体「うわぁあああ!!アビスが男になっちまった――――――――――!?」 声をかけようとした瞬間に飛んできた素っ頓狂な声に視線を転じれば、そこには驚愕しきった目でアビスを凝視しているラウルが立っていた。 「・・・・・・ラウル・・・・・・」 「シっ、シヴァ、見ろよ!アビスが男らしくなっちまった!カミサマって性別も変えられんのか!?」 とにかく落ち着け、と言ってやりたいところだが、そんな気力も出ないほどシヴァは脱力していた。 ラウルといると、どうにも調子が狂ってしまう。 「なぁに、何の騒ぎ?・・・・・・、え」 「うるせぇぞラウル、・・・・・・!」 騒ぎを聞きつけたのだろう、コックピットからユイが、寝室からレオが出てくる。そして二人ともアビスを見るなり動きを止めた。 「その格好・・・・・・、アビス、あんた正気?」 「もちろん」 「男物じゃねぇか、それ」 「知っている」 「じゃあ、何で」 「それを話すために来た。――――――とにかく話を聞いてくれないか」 そして彼らはおずおずと席に着いた。円卓を囲む4対の視線が全て自分に向いたところで、アビスは話し始めた。 【死神】のこと。見つけた時のこと。 冥府でハデスに「【死神】保持者だ」と言われたこと。 瑠璃鏡に映っていたモノのこと。 悩んだ挙句、自身を演じようと決めた事。 それらを全て、彼らに語った。 「だが、いつかは向き合わなきゃならねぇ時が来る。分かってるのか?」 いつになく真剣な様相のシヴァが問う。アビスはそれに頷いた。 「ああ。だが今はまだ―――・・・・・・」 「そこまで考える余裕はない、か?」 「・・・・・・あぁ」 ため息とともにアビスは視線を落とした。 これが、人々が崇める神の実情。 至高の存在だの何だのと崇め奉られていようと、結局その中身は人と何ら変わらない。 それきり黙ってしまった彼女に、今度はレオが問いかける。 「軍の指揮は?今までお前が率いてたってんなら、下の奴らにはお前のやり方が染み付いてるだろ。大将がいきなり変わって、ついてい けるのか?」 「・・・・・・いや」 アビスは弱々しく笑って首を横に振った。 「あいつらには私のやり方など染み付いてはいないだろう。どこまでも自分のやり方を貫いているはずだ」 その答えにレオは面食らった。 そんなことでは統率など取れはしないだろう。兵士それぞれが自分の考えで動く軍など、軍としては機能しないはずだ。 シヴァも同じ気持ちだったようで、困惑したように眉根を寄せて問うた。 「でもよ、お前の軍は最強って呼ばれてたじゃねぇか。不敗の軍だって」 「不敗はイコール最強ではない」 誰に言うでもなくアビスは呟く。 「あれは最強などではない。むしろ最弱の軍だ。カイトには迷惑をかけるが・・・・・・」 アビスは一旦口を噤み、窓の外に視線を転じる。 この位置からは雲海が見えない。何もない、一面の青が広がるのみ。 「・・・・・・我が軍からは、久々に死者が出ることとなろうよ。それも恐らく、少数では済まない」 彼女の言葉は暗い影を帯びており、それに呼応するかの如く船室には沈黙の帳が下りた。 「なぁ、アビスはそれでいいのか?」 先程の話を聞いてようやくアビスが男になったわけではないと納得したラウルが、今度は心配そうな眼差しを彼女に送る。 「だってアビス、他の奴らにあんま好かれてないんだろ?だったらそれもアビスのせいにされる。お前がいなかったからだ、って」 アビスは目を閉じ、黙ってそれを聞いている。 ふいにラウルの頬を涙が伝う。 「俺も昔そうだった。・・・・・・なぁアビス、俺、アビスにそんな目に遭ってほしくねぇよ・・・・・・」 ゴッドチャイルド、神でも悪魔でも人でもない、曖昧な存在。 そういう意味では彼もアビスたちと同類なのだという事実に思い至り、アビスは目を開け視線を彷徨わせた。 彼の思いはよく分かる。――――――――だが。 「戻るわけにはいかないんだ、ラウル」 それを聞いたラウルは少なからずショックを受けたようだった。アビスはそんな彼と視線を交える。 「もう決めたことだ。それに、そういう目に遭う覚悟はできている」 ・・・・・・覚悟はあるが、こちらなら直接それを聞くことはない。そういう思いがあるのもまた事実だ。 だから、これも「逃げ」。 「でもよぉ!」 なおも言い募ろうとするラウルを、それまで何か考えていたシヴァが手で制した。 「どっちにしろ、アビスは天界にゃ戻らねぇほうがいいんだ」 ひどく静かに彼は言った。何かを悟っているかのように。 「・・・・・・どういう意味だよ?」 本能的に『よくないこと』を察知したらしいラウルが問えば、低く重苦しい声が返ってくる。 「極が揺れている」 いつも快活な彼に似つかわしくない、不安と焦燥に満ちた声だった。 「両極が己を見失いだした。・・・・・・世界が動く」 シヴァはアビスに視線を転じる。 「だからお前は天界に戻ってきちゃいけねぇ。少なくとも、しばらくはこのまま人界で過ごした方がいい」 「わけが分かんないわ」 言ったのは、アビスでなくユイ。 「どういう意味なのか、その説明じゃさっぱり分かんない。もっと詳しく教えてよ」 詳しく教えるまでは梃でも動きそうにないのを見て取って、シヴァは深々とため息をついた。これもこの男には似合わない事だ。 そしてシヴァは嫌そうに顔をしかめつつも、詳しい説明をし始めた。 「・・・・・・魔界の知り合いが言うには、ここんとこ、魔王の様子がおかしいんだとよ。これまで積極的だった天界への侵攻を急にやめるわ、 魔界の諸侯に不死鳥の心臓だのダイヤモンドの粉末だのを献上させるわ。おまけに【死神】についての資料を漁り始めたときた。ちっと 思い当たる節があって、天界の奴らにもそれとなく探りをかけてみたんだが、ゼウスも似たようなことをしてるらしい。・・・・・・で、まぁ これは俺の推測なんだがな。世界の両極にゃ、寿命が近づいてんじゃねぇのかって思うんだ」 「まさか、そんなはずは!」 思わず声を上げたアビスに、シヴァは冷静な眼差しを送った。 「本当に、そう思うか?・・・・・・俺たちにだって寿命はある、悪魔も同じ。これは周知の事実だ。なら、極の二人だけがそうじゃないなんて 言い切れやしないだろ」 その通りだった。 何も言えなくなって黙り込んだアビスを気にした様子もなく、シヴァは呟く。 「自分に死期が近づいてるって知ると、それを避けられないかって考えて焦る。種族は違っても、そいつは共通らしい。決まってんだっ たら、不死鳥の心臓を食おうと龍の血を啜ろうとダイヤモンドの粉末を飲もうと、効くはずぁねえだろうに」 それは誰に言っている台詞なのだろう。アビスはそう漠然と考えた。 ゼウスにだろうか魔王にだろうか、それとも一度死んで神となった自分にだろうか。 だがそんな思いは、次にシヴァが放った一言によって吹き飛ばされた。 「気を付けろ、アビス。ゼウスか魔王か、どっちかにでも捕まったら終わりだ。――――――殺されるぞ」 数拍の間、シヴァが何と言ったのか分からなかった。 無意識のうちアビスは胸元に手をやり、魄玉が入っている小袋を握り締めた。 殺される?誰が?・・・・・・自分が? 「何故」 どこかで理解していながらもアビスは訊ねた。他に何と言えばいいかが分からない。 シヴァはアビスが予想したとおりの答えを返した。 「お前が【死神】保持者で、【死神】は死者の魂を狩るからだ」 さらに彼は続ける。アビスの戸惑いになど気付いてもいないかのように。 「今のお前は都合が良すぎるんだ、あいつらにとってな。【死神】は魂を狩るが、直接それに触ったら死んじまう。でも、【死神】を持っ てるお前に触っても死ぬこたぁねぇし、お前は半神半魔だ。どっちの側にもつける。あとは思考能力を奪って、自分の言う事だけを聞く ようにすれば――――――・・・・・・」 そんな事をされたらどうなるか、それは容易に想像できた。 きっと、生きながらにして死を味わうのだ。ゼウスもしくは魔王に、死者の魂を献上し続けるだけの生涯。 ただそれだけの、そんな生に何の意味がある。 どのみち思考能力を奪われてしまえば終わりなのだ。誰かの命令を聞くのみの傀儡など、もはや「生きている」とは呼べない。 そこまで考え、アビスは天井を仰いで深々と溜息を吐いた。 「・・・・・・どうしてこう、大きな出来事というのは重なるのだろう。これも運命卿の采配の上なのだろうか」 「さぁな。でも、これだけは言える」 「?」 「それでも、お前は決めなきゃなんねぇ」 アビスは再び溜息をついた。 「どうしても、か」 そう呟いたきり、アビスは目を閉じて思案の海の中に身を投じてしまった。他の者も、何も言わない。 その沈黙を破って口を開いたのは、ラウルだった。 「なぁアビス、お前、俺たちンとこに来いよ」 「・・・・・・え?」 あまりに唐突なその言葉に、アビスは面食らってしまった。 彼とは付き合いの長いレオやユイも、言葉の意味を図りかねたらしく困惑した顔をしている。 当の本人も何と言ったら分からないといった様子で頭を掻いている。 「ん〜、うまく言えねぇんだけど・・・・・・なんつーか、アビスにはあんま遠くに行ってほしくねぇってーか、放っといたらどっか行っちまいそうで・・・ そう、あれだ、心配。うん、心配なんだ!だからここにいてくれ!」 ラウルは至って本気のようだが、これではまるで子ども扱いだ、とアビスは思った。 『放っといたらどっか行っちまいそう』だなんて! 彼は重ねて言う。 「定宿だって決まってねぇんだろ?だったら、俺たちといたほうがぜってー得だぜ。宿代もメシ代もタダだし、世界中見て回れる。 シヴァだっていちいちアビス探す必要がなくなるし、それに楽しい」 指折り数えるラウルを見、アビスは諦めた。 どんなに嫌だと言っても、彼はきっと追ってくる。――――――追ってきてくれる。 分かっているのだろうか。自分と共にいるということは、いつ破裂するか知れない爆弾を常に抱えているにも等しい行為だということに。 けれど、そうと知っていてなお彼は、彼らは笑うのだ。 「天界にいられないなら、人間界にいるしかないんでしょ?だったらいいじゃない」 「これでようやく練習相手ができるな」 「「だから」」 「だから、一緒に行こうぜ!」 そう言って、手を差し伸べて。 「いいじゃねぇか。行けよ」 「でも」 言い募れば、何もかも知っているかのような笑顔でもって返される。 普段はあまり見せることのない、兄の顔。 「俺はお前も心配だが、三人ぽっちの弱小空賊団も心配なんだよ。お前がいりゃラウルたちは人間の敵を警戒する必要はなくなるし、 ラウルたちがいりゃお前はいつも張り詰めていなくてすむ。違うか?」 言い返せない。 アビスは口をつぐんだ。 僅かな沈黙の後、彼女は「そうだな」とだけ言った。 「それって、ここにいるってことかっ!?」 ラウルに飛びつかれ、その期待に満ちた双眸で見つめられてアビスはこくこくと頷いた。 「いやっほぅ!やったぜー!」 抱きしめられて窒息しそう、とはこういうことか。アビスがそう心の底から実感するほど、ラウルは力強く彼女を抱きしめた。 ユイとレオも肩や背を叩いたりしてきたのでアビスは目を白黒させた。 ようやく合間を見つけ、彼女はシヴァの名を呼んだ。 「シヴァ」 「ん?」 「ありがとう」 ――――――心配してくれて。 そう意味を込めて、アビスは礼を述べた。 応えるように返ってきたのは。 「こういう時くらい心配させろや」 そんな台詞と笑顔、ぐしゃぐしゃと頭をかき回す手。 ようやく、アビスは安心と自分の居場所を手に入れた。 |
up date 04.06.29.
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