ああやって言われる覚悟は、できていた。 思いながらアビスは寝台へと倒れ込んだ。特に何をしたわけでもないのに、ひどく体がだるい。――気持ちが悪い。 見慣れた寝室の天井を見るともなく眺め、縋るように枕を抱きかかえる。 吐き気がする。頭が痛い。あまりに多くの憎しみを浴びすぎたせいだ。 先刻の葬儀だけで、何十年分もの憎悪を向けられたような気がする。 (『お前のせいだ』、……か) 葬儀の参列者に突きつけられた言葉を思い返し、アビスはぼんやり考えた。 確かにアビスは、兵が弱体化していると知り、まともに戦っているのはごく一部だと知っていながら、今回の戦に参加しなかった。 敵軍に恐れられていたアビスが参戦しなかったせいで敵の覇気が上がってしまったというのも、敗因の一つに挙げられるだろう。――だが。 ぎり、とアビスは歯噛みした。 (それでも、勝つ道は……死なずに済む道は存在していたのに……!) 彼らは前進すればよかったのだ。いつものように背中を晒して遁走するのではなく、ただ前進さえすればよかった。そうすれば悪魔達は 圧倒されただろう。いつもとは違う天界軍の様子に、自軍に押し寄せる敵の数に。 純粋な数対数の戦いであれば、天界軍が負けるはずはないのだ。だから、前進して敵を圧倒し、その覇気を削ぎさえすれば必ず勝てた。 現に、アビスは今まで、そうやって勝利をもぎ取ってきたのだから。 アビスが半神半魔だから従わないというのであれば、そうではないカイトの号令には従うだろうと思った。前進せよと命ずる者が、 自分でなければいいのだろうと思った。 けれど、違ったのだ。 従う従わないの問題以前に、彼らは戦うことをやめていた。 (一体、どうすれば誰も死なせずに済むんだ!) 悔しくて憤ろしくて、涙がぼろぼろと溢れてくる。アビスは枕に顔をうずめた。葬式の場で流れなかった涙だ。 一体、これまでに何人の部下が死んだ。自分を庇って殺されたアンディーン、同じ戦では50余の犠牲者が出た。今回の戦はさらにひどく、 犠牲者は数百に登る。神の座に任じられた当初、やっとのことで覚えた顔ぶれの大半は、すでに失われてしまった。 天寿を全うして逝ったなら、まだ納得できる。けれど、こんな死に方では。 守りたかった。できることなら、誰も死なせずにいたかった。なのにどうして、こうなってしまうのだろう。 その「理想」と「現実」との食い違いが、歯がゆくて。 何もできない自分が、苛立たしくて。 どうにかしたい。この現状を、覆してやりたい。 ――身体の奥深い場所で、【死神】が哭いたような気がした。 「アビスはまだ帰ってないのか?」 「帰ってきてねぇ。天界に行ったってレオに聞いたぞ?向こうで会ってねーのか」 「会ってたらわざわざ聞かねぇよ」 「確かにね」 「言っときてぇことがあんだけどなー……」 言いながらシヴァは、ラウルとユイの向かいに腰を下ろした。 きょとん、とラウルが首を傾げる。 「『言っときてぇこと』? って、何だ?」 「祭りのことだよ」 シヴァは円卓の上に、行儀悪く両脚を投げ出した。ユイが嫌そうに眉をひそめたが、気付かないふりをする。 「年に一回、あるんだよ。天界在籍者強制参加の、鬱陶しいお祭りが」 「何だそれ」 「天帝陛下万歳祭り」 「……それ、正式名称?」 趣味が悪い、とでも言いたげな表情で呟いたユイに、まさか、とシヴァが返す。 「正式名称は創世記念祭。でも、内容のほうはホンットに天帝陛下万歳祭りだ。行かねぇで済むもんなら行きたくねぇんだが、あいにくと 強制参加なもんでね」 その言い方が本当に嫌そうだったので、ユイは思わず苦笑いを零してしまった。そういうものに対する思いは、天界も人界も同じらしい。 「でも、祭りなんだろ?面白くねぇのか?」 ラウルが心底不思議そうに首をひねった。恐らく彼は、夜通し馬鹿騒ぎをして過ごすような「祭り」しか知らないのだろう。 「露店が出たり花火が上がったりするような祭りじゃねぇんだ。ただ天帝陛下のありがたーいお言葉を頂いて、これからも俺たちは変わらぬ 忠誠を捧げます、ってな風に誓うだけだ。面白いわけがあるかい」 「・・・・・・ほんっとうに嫌なのね」 思わずユイは呟いた。シヴァの口調に少なからず混じった皮肉な響きは、もう一歩強まれば肉食獣の唸り声に変わりそうな、不穏な気配 を帯びていた。思わず身構えたくなるような。 シヴァはちらりとユイに視線をよこし、軽く溜息をついた。 「・・・・・・俺がゼウスを尊敬する日が来るとしたら、それは俺が狂った時さ」 その重苦しい声に、ユイは思わず身を震わせた。不穏。一言で言うなら、まさにそれだった。 しかし、次の台詞が発せられた時にはもう、すっかりいつもの調子に戻っていた。 「ったく、めんどくせぇったらねぇや。堅っ苦しい服着なきゃなんねぇわ、髪も元の色に戻さなきゃなんねぇわ」 「・・・・・・髪?」 恐る恐る問いかけてみると、シヴァはひょいと肩を竦めた。 「そ。染めてんだよ、この髪」 「嘘・・・・・・」 ぽかんと呟き、ユイはまじまじとシヴァの髪を見つめる。鮮やかに赤い炎色の髪。染髪した不自然な色には見えない。 「本当は何色なの?」 「金、だな。蜂蜜色ってのか?あーいう色。自分で見ててうさんくさく感じたもんで、染めちまったのさ」 くるくると前髪をいじくるシヴァは、普段と変わらないように見えた。 やはり気のせいだったのだ。あんな、畏怖すら覚える表情は。 シヴァは溜息を一つつき、「ってなわけで」と言いつつ立ち上がる。 「準備の間、俺ぁこっちにゃ来れなくなる。アビスもそうだから、記念祭が終わるまでの間はお前らだけだ。他の空賊だの空軍だのに 襲われたりすんじゃねーぞ」 「そんなことされるわけないでしょ。黙って襲われてやるほど物静かじゃないわよ」 「そりゃそうだ。ま、気を付けるに越したことはねぇさ」 「まぁね」 「俺らが戻ってくるまで無事でいろよ。じゃあな」 そしてシヴァは、天界へと続く円陣をくぐって、消えた。その背を見送って初めて、ユイはラウルの沈黙に気付いた。そういえば、 先程からずっと黙っていた。普段あれだけ騒がしい彼にしては珍しい。 「どうかしたの?ラウル」 ユイが覗き込んだその顔は暗く、何か悩みでもあるようだった。ラウルはただ一言、沈痛な言葉を落とす。 「・・・・・・死ぬかもしんねぇ」 「え?」 「どうしよう、ユイ。あいつ、死ぬかもしんねぇ!」 ユイは絶句した。ゴッドチャイルドの勘は、神懸かり的なほどによく当たるのだ。 死、という概念がユイの脳裏にちらついた。 「――あ、あいつって」 「そこまでは分かんねぇ。多分シヴァかアビスだ。でも、どっちにしろ、シヴァが言ってたあの『祭り』はやべぇ。 ――行かせるんじゃなかった」 それを聞いて、思わずユイは声を荒げた。行かせるべきではなかったと言うのなら、後悔しているのなら! 「だったら、何で黙ってたのよ!」 「死にたがってたからだよ!」 吐き捨てるようにラウルは怒鳴った。滅多にないキャプテンの怒声にユイは思わず身を竦ませる。 「死にたがってたから止めなかったんだよ!アビスはどうだか知んねぇけどさ、シヴァは間違いなく死にたがってたよ。あんなんじゃ、 俺らが何を言ってどうやって引き止めても、例えばどっかに閉じ込めたとしても、あいつは神だ。無理だよ、俺たちには止めらんねぇ。 ――・・・・・・なあ、どうしろってんだよ・・・・・・・・・・・・」 今にも泣き出しそうに歪められたラウルの顔。その縋るような眼差しに、ユイは何も言えなくなった。 ――シヴァが、死にたがっている? 実際に死ぬかもしれない? (・・・・・・嘘よ・・・・・・) 「おい、どうしたんだ?何があった?」 ラウルの怒声を聞きつけてハッチから顔を覗き込ませたレオの声も、ユイの耳には届かなかった。 |
up date 04.12.28.
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