壁越しに聞こえたかすかな悲鳴に、天覚は目を開けた。
(・・・・・・何だ?)
この部屋に眠っているのは三人、天覚と醒清と明律だ。そして隣の部屋に眠っているのは、三蔵と怜飛。
(夜盗か?)
その可能性に思い至った途端、天覚の意識は覚醒した。夜盗の性格は身に染みている。下手をしたら三蔵の命が危険だ。
だが、それは困るのだ。この頭に嵌っている金箍を外してもらう前に死なれては。
天覚は腰帯の間から如意棒をそっと取り出し、軽く一振りして元の大きさに戻した。未だ眠りの淵に身を沈めている醒清と明律を起こさぬ よう足音を忍ばせながら、静かに扉を開けて廊下へと出た。
後ろ手に扉を閉めて耳を澄ます。怪しい音は何一つ聞こえない。それを不審に思いながらも、天覚は隣室の扉に手をかけた。
細く開けて中を覗いてみる。が、そこには天覚が心配したような事物は何もなく、ただ三蔵が寝具の上に蹲っているだけだった。
(・・・・・・)
その光景は、得体の知れない違和感を伴って天覚の目に映った。
「・・・・・・三蔵?」
びくりと三蔵の背がはね、翡翠の瞳が素早く天覚に向けられる。いくら不意だったとはいえ、この過剰反応は何だろう。
まるで、何かを恐れているかのようだ。
「ああ・・・・・・お前か」
言いながら安堵の溜息を漏らしたのを、天覚は聞き逃さなかった。――やはり、何かある。
「うなされてたのか」
当てずっぽうで言ってみると三蔵は目を見開き、「知っていたのか?」と問い返してきた。肩を竦めて曖昧に答えておく。
「まぁ、な。俺ぁ眠りが浅いんだ」
嘘は言っていない。風が板戸を揺らす音でも目覚めてしまうのは事実だ。
そのおかげで道中、三蔵が睡眠らしい睡眠を取っていないことにも気付いていた。だから、うなされていたのではないかという考えが すぐに浮かんだのだ。
「怜飛に乗ってる間は寝ねぇ。宿の寝台じゃ悪夢で寝れねぇ。唐から出る前に死ぬぞ、お前」
「・・・・・・ああ」
皮肉っぽい笑みを浮かべて三蔵は頷いた。一応自覚はあるのだろう。
泣きそうな、辛そうな表情。
「だが、眠れないのだ。・・・・・・洪京の街の様子が、忘れられなくてな」
「――洪京」
苦々しい気持ちで天覚は鸚鵡返しに呟く。
その名は天覚も知っている。三蔵が滅ぼした街の名だ。
「眠れない間はまだいい。自分が犯した最大の過ちを、何度も鮮明に見せつけられるよりは」





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