そして翌日、ヴァレンタイン当日。
みんなの前でカインにだけ渡す、というのも何だか後ろめたかったので、二人きりになった時に渡すことにした。
チャンスはすぐに巡ってくるだろう。
彼は殆どの場合、夜遅くまでキッチンで飲んでいる。その時に渡せばいいだけの話である。
ただし、問題が一つ。
(『ギルバートがいた場合にはどうするか』ですよねぇ・・・)
この家において最も酒に強いのはフローラだ。次にカイン、その次にギルバート・・・と続く。
そう、カインとギルバートは一緒に飲んでいることがわりと多いのだ。
ちなみにリュオンは「お酒なんて飲む気はないよ」と断言しているし、マイシェルはというと、酒豪ではあるが酒を好いてはいないらしい。
ライはワインのボトル一本がせいぜいだし、未成年であるヘンゼルとグレーテルは問題外だ。
つまり、はギルバート一人。
敵じゃないだろと言ってやりたいところだが、あいにくとここに他人の思考を読める人物はいなかったので、それは無理な注文だった。
(・・・しょうがない、あの手を使いますか)
フローラは決意した。
本当ならこんな手は使いたくないし、ギルバートだって迷惑するのだから嫌なのだが。
(いざとなったら酔い潰しましょう)
実に潔い手段である。
カインとギルバートのアルコール耐久度が同じほどである事を考えると、これはフローラにしか使えない手段だといえよう。
(二日酔いの薬くらいは用意しといてあげなきゃいけませんね)
しかし、それでもアフターケアのことまできっちり考えるあたりがフローラらしい。
(準備・・・は特にいりませんから、あとは夜を待つだけ、ですか)
フローラは一人頷き、手持ちの薬の中に二日酔いに効くものがあったかどうか確かめて夜を待つことにした。



そして、夜遅く。
フローラは自室を出、階段を下りてキッチンへと向かった。
いつものように、煌々と灯ったランプの光が廊下まで漏れている。そこに人がいる証だ。
居間のないこの家では、キッチンがその役目を果たしている。ここに人が集まらない日などはない。
だが、今日はカイン以外の者にいてもらっては困るのだ。
ギルバートがいるかいないか。それが問題だ。
一段一段ゆっくりと階段を下りていき、一階の廊下に出る。冬の冷気がフローラの脚に這い登ってきた。
(ギルバートがいませんように)
半ば祈るような気持ちで、フローラはキッチンを覗き込んだ。
(・・・・・・良かった)
フローラはほっと胸をなでおろした。
キッチンの中に、カイン以外の姿は見えない。という事は、ギルバートを酔い潰さずに済むのだ。
(二日酔いの薬に出番がなくて幸いでしたね)
思いながら、フローラは何気ない振りを装ってキッチンに入っていった。
「・・・お、フローラ」
その気配に気付いたのか、カインが顔を上げた。
気のせいか、その頬にやや赤みが差しているように見えた。
「お前も飲みに来たのか?」
「いえ」
短く返答し、フローラは冷蔵庫を開ける。
入れた時と何ら変わらぬ格好できちんと納まっていたそれを引っ張り出し、何食わぬ顔で冷蔵庫を閉めた。
(よし)
そっと深呼吸し、カインの方に振り向いた。
「カイン」
呼びかけると、カインはグラスを傾ける手を止めて視線を上げた。
「どうぞ」
「・・・何だこれ?」
「ヴァレンタインのプレゼントです」
「ふーん・・・」
それ以上は言わず、黙ってカインはそれを受け取った。
ちょっと首を傾げてそれを見、紙袋から無造作に箱を取り出すカインをフローラはじっと見ている。
リボンがほどかれ、包み紙が取り払われる。
開けられた箱の中から出てきたものを見て、カインはわずかに目を見開いた。
チョコレートボンボン。・・・甘いものが好きでないカインが抵抗なく食べられる、ほぼ唯一の菓子。
製作者の腕前と箱の中の菓子の見た目がイコールで結べなかったから驚いたのかもしれないが。
「・・・食っていいか?」
「どうぞ」
カインの指がそれを一つつまみ、口に運ぶ様をフローラは黙って見ていた。
実は密かな自信作だったので、その反応も気になるところだったのだ。
そうして見ていて気になったのは、・・・チョコレートボンボンを噛み砕いた瞬間、カインの動きが止まった事。
ほんの一瞬だったので気のせいだと言われればそれまでなのだが、どうもひっかかった。
(・・・?)
何事もなかったかのようにカインは二つ目のチョコレートボンボンをつまんだ。が、その動作が先程のそれよりも鈍い。
まるで腕に鉛の枷でも付けているかのようだ。
意識してそうしているわけではないようで、表情には何の変化もない。
それ以上食べたくないのだがフローラに遠慮して食べ続けている、などというわけでもないだろう。
カインの性格からして、そんな事はまずない。
(じゃあ、なぜ?)
考えたが、見当もつかない。
そうしているうちカインは二つ目を食べ終わり、三つ目に手を伸ばし・・・その途中で、動きを止めた。
がくりと力なく手を下ろしたかと思えば、今度は天井を見上げて深々とため息をついた。
(???)
一体何がしたいのだろう?
今度は瞑目し、祈るように手を組んだ。
もはやワケが分からない。
それでもなお注視していると、ふいにカインは手招きした。
深く考えず、フローラはそれに従ってカインに歩み寄った。
と、いきなり腕をつかまれ視界が暗転した。
一拍置いて、カインに抱きしめられているのだと理解した。
目の前の黒さは、闇でなくカインの服の色だ。
そして、フローラは思い出した。
(・・・そういえばカインって・・・酔うと人に抱きつくクセがあったんでしたね・・・)
何故こんな重要な事を今まで忘れていたのかといえば、これが滅多にないことだからだ。
フローラの次に酒に強いカインが酔うことなど、年に一度あるかないかだろう。
ちなみにもっと酔うとキス魔になるのだが、大抵はそこまで到達する前に酔いつぶれるので、ひとまず安心だ。
それに、転がっているボトルの本数を見る限り、そこまで到達しそうにもない。
ボンボンの中に入れてあったブランデーもプラスされるが、それでもたいした変化はないだろう。
(まぁ、キス魔になったら叩きのめせばいいだけの話なんですけどね)
実際、何年か前にフローラはそれを実行している。
酒場で抱きつかれた挙句唇を奪われそうになったのを、手ひどく叩きのめしたのである。
数日後に会った時、未だ腫れの引かぬ頬を痛そうにさすっていたカインの顔が印象的だった・・・。
その時はさすがに少々の罪悪感にとらわれたものだ。
「!」
と、いきなり背中に触れたものがあって、フローラはびくりとした。
それはゆっくりと上下し、フローラの背を撫でているようだった。
まるで母親が我が子をいとおしむような動作。
(・・・あぁ)
カインの手だ、と気付き、フローラは目を閉じた。
カインは男なのに、そうしていると母の腕の中にいるかのような心持ちがした。
母にそんなことをされた記憶なんてないのに。
その優しすぎる仕草のせいだろうか。
ひどく心地良くて、いつまでもそうしていたいと思えた。
ふいに耳元で囁かれる。
「謝謝」
――――ありがとう。
確かにカインはそう言った。
驚いてカインの顔を見ようとしたが、フローラを抱きすくめる腕の力強さに阻まれた。
しかし、気のせいだろうか。
視界の端に、ちらりと見えたカインの唇。―――それが、笑みの形になっているように見えたのは。
(・・・参りましたね)
こういう時はどうすればいいのだろう。
異性に抱きしめられ、おまけに耳元で「ありがとう」と囁かれたりなんかしたら、照れるのもいいところだ。
ここで『惚れそう』などとは考えないのがフローラらしい。
(とりあえず)
温かい腕に抱きしめられながら、フローラは思った。
カインの服越しに心音が聞こえる。それがフローラの心を落ち着かせた。
(―――・・・もうしばらく、このままでいましょう)
再び目を閉じ、フローラはしばしそのささやかな幸福にひたった。



翌朝。
「なぁフローラ。俺、昨日何かしたか?」
「・・・は?」
突然カインに質問されて、フローラは呆気に取られた。
『何か』とは、どこからどこまでを指すのだろう。
「お前がキッチンに入ってきた辺りまではなんとなく覚えてんだけどさ、そっから先は記憶があやふやでよぉ・・・」
かしかしと頬を掻くカインを見て、フローラは一つ思い出した。
そういえばこの男、いつも酔っている時の事を覚えていないのだ。
本当に、滅多にない事が起きると対応に困る。
(何て答えればいいんでしょうね・・・)
ここは朝食の席で、周囲には不思議そうにフローラとカインを見る六対の視線。
正直に答えるわけにはいかない。
プレゼントの事がなくとも、あれを正直に語るのは気が引ける。
ので、無難な台詞を口にした。
「酔ってました」
質問に対して回答が微妙に食い違っているのだが、フローラはこの際そんなことは無視することにした。
しかし、効果はてきめん。
しかも本人でなく、周囲に対して。
「うっ、ゴホゴホッ!」
飲んでいたコーヒーが入ってはいけないところに入ってしまってむせるマイシェル。
「お、おおおお前酔ってたのか?」
珍しくうろたえるギルバート。
ガシャァーンッ!
うろたえるあまり、持っていた皿を取り落としてしまうライ。
発言したフローラと言われたカインより、周囲の反応の方が大きいというのはどういうことだろう。
「?どうしたんだお前ら」
カインも同じ思いだったらしく、目を丸くしてうろたえている三人を見ている。
「いや・・・ちょっと、思い出しちまってな」
ギルバートの台詞に思い当たるところがあって、ちょっとフローラは訊いてみた。
「まさか、・・・三人とも、体験してるんですか?」
「まだ酒場に通ってた頃に」
「あたしも付き合い長いから」
「・・・俺はこの間だ、くそっ!」
それでか、とフローラは納得した。
年少の二人がカインの酔態を知っているわけもないし、それは酒を飲まないリュオンもまた同じ。
ライも酒を飲まないという点では同様だが、キッチンで仕込みでもしていた時に運悪く、という可能性がある。
「何だよおい、俺って酔うとどうなるんだ?」
「知らない方が無難です」
ため息と共にそう返し、フローラは静かに食事を再開した。
酔うたび他人に抱きつきキスするだなんて、知らない方がいいだろう。
被害者に同性も含まれているのなら、なおさらに。
(あ)
ふと気付き、フローラはパンをちぎって口に運ぶ手を止めた。
(チョコレートボンボンに入れたブランデーって・・・確か、アルコール度数は・・・・・・!)
慌てて立ち上がり、流し台の下に置いてあった瓶を取り出し、ラベルを確かめる。
『アルコール度数 80%』
しっかりと、そう記してある。
フローラが作ったチョコレートボンボン、約20個。
一口大とはいえ、それらを全て食べれば結構な量になるのではないだろうか。
もしもそれを飲酒時に食べるような事があれば、・・・。
考え、フローラの顔からさぁっと血の気が引いた。
フローラは理解した。―――昨日の不審な行動は、そういうわけだったのだ。
アルコール摂取量が酔っ払う限界ギリギリの時、こんなにアルコール含有量の高いチョコを食べればどうなるか、結果は分かりきってい る。
そういえばフローラがキッチンに入っていった時、カインの頬は紅潮してはいなかったか。
(さっき・・・カイン、私がキッチンに入ってきた時より後のことを覚えてない、って言ってましたよね・・・)
という事は、その直後に渡したチョコレートの事も覚えていないのだろうか。
「どうしたんだフローラ?」
割ってしまった皿の破片を片付けながら、ライが訊いてきた。
はっとしてフローラは、それまで注視していた瓶を元通りにしまい、何事もなかったかのように笑ってみせた。
「いいえ?何でもないですよ」
(あのチョコレート、あとで回収しておきましょう)
こっそりと心の中で誓い、フローラは再び朝食の席へと着いた。



飲み過ぎには、ご注意を。








end?










後記

よーうやくカイン編UPできました・・・(疲)
ヴァレンタイン当日から一週間以上経ってからUPなんて、なんたる醜態!
わりとヴァレンタインらしく甘めに書けたから、まだいいでしょうか・・・むぅ。
というかカインの酔態。初めて書きましたね。
これまでもちょこちょこ触れられてましたから、そっちも読んでた方にとってはようやく謎は解けた、という感じでしょうか(笑)
酔態にもいろいろありますが、こういうタイプって困るでしょうね。
何しろ赤の他人にすら見境なく抱きついたりするんですから(遠い目)
私はまだ堂々と飲酒できる歳じゃないんで、よく分かりませんがね。身近にスゴイ酔態の人もいませんし。
その前に未成年で飲酒シーン書くなって話なんですが(蹴)

up date 04.02.22




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