そして翌日、ヴァレンタイン当日。
みんなの前でリュオンにだけ渡す、というのも何だか後ろめたかったので、二人きりになった時に渡すことにした。
チャンスはすぐに巡ってくるだろう。
彼は殆どの場合、夜遅くまで自室で書物を読んで勉強しているという事をフローラは知っていた。その時に渡せばいいだけの話である。
ただ、リュオンは自分が勉強しているところを他人に見られるのをひどく嫌っている。それはフローラとて例外ではないのだ。
(贈り物をするというのに、わざわざ不機嫌にさせる事はないですよね・・・)
しかし、他に方法が思いつかない。
(ヘンゼルとグレーテルに魔法を教えている時・・・は、当然駄目ですし・・・寝ている時間を見計らって枕元に・・・いや、それだと 失礼ですよね、寝てる時に勝手に侵入するなんて・・・)
実を言うなら「失礼」というより、寝起きのリュオンと鉢合わせするのが怖い。
かつて王城に住み暮らしていた頃には、それで思い出したくもないような酷い目に遭わされたことがあるのだ。
(・・・っと、マズい!)
フローラはその記憶を危うく思い出しかけ、慌てて頭を振ってその思考を追い出した。
(いけないいけない・・・あんな記憶を呼び覚ましたら導師の顔を直視できなくなっちゃいますよ・・・)
一体どんなことがあったのだろう。
少なくとも、いい記憶でないことだけは確かだ。
(・・・あ)
ふいにフローラは気付いた。
何ということだ。こんな単純な事を忘れていたなんて。
「許可、取ればいいんじゃないですか」
フローラは一人呟いた。
前もって自分が行くということを知らせておけばいい、ただそれだけの話ではないか。
すっかり忘れていた。
(これで心配すべきことはなくなったわけですね)
軽くなった心を抱え、フローラは昼食を取りにキッチンへと向かった。



「導師。今晩空いてます?」
食事中。
さりげなくフローラは話を切り出した。
聞いている周囲にとってはさりげないどころか物凄く不自然に冷や汗を流しているフローラが気になってしょうがなかったのだが、 それに口を挟む者は誰もいなかった。フローラにとって幸いだったと言えよう。
「・・・空いてるけど、何で?」
答えるリュオンも不審げな眼差しをフローラに送っている。
彼としても、まさかフローラが自分を恐れているとは思いもよらなかったのだろう。
「夜這いか?」
ガツッ!
「私を何だと思ってるんです?」
とんでもない事を言ってくれたカインのつま先にかかとをめり込ませながら、フローラはにっこりと微笑んだ。
しかしカインは気付いた。その目だけは全く笑っていないことに。
(これ以上何か言ったらコロサレル!)
今度はカインが冷や汗を流す番だった。
「だからあんた、口は災いの元だって何度言えば分かるのよ」
「・・・うっせー。いてて・・・」
ようやくフローラのかかとから解放されたつま先をなでさすりながら、カインは今後は深く考えずに発言するような真似は控えよう と心に誓った。本当に、口は災いの元だ。
「で、話を戻すけど。理由は何?」
フローラは露骨に視線を逸らした。
「おいフローラ!?何故そこで視線を逸らす!」
「人には言えない深い訳があるんです」
言えない。寝起きのリュオンが恐ろしいからアポを取っているだなんて、本人の前では絶対に言えない。
かく言うリュオンの側も実は寝起きのフローラを恐れていたりするから実際には五分五分なのだが、当の本人達はそれを知らない。
「まぁとにかく、今晩2時頃、そちらの部屋に伺いますのでお忘れなく」
「何でそんな夜遅くなのさ」
「まだまだ宵の口じゃないですか」

彼女の時間感覚はどうなっているのか、誰もが疑問に思った一瞬だった。
そんな時間を選んだのはもちろん、余計な者が覗き見したりしないように警戒したためだ。決して丑の刻だからではない。
「フローラ・・・」
やや蒼ざめたライが、この世の終わりのような声を出した。
「・・・お前まで黒魔術を習うつもりなのか?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、ライはフローラとリュオンの双方から締め上げられることとなった。
ライもまた『口は災いの元』の意味を身をもって知ったのは言うまでもない。



そして丑の刻約束の時間。
フローラはリュオンの部屋のドアをノックした。
コンコンッ
乾いた木の板を叩く音。次いで、部屋の中で人が動く気配。
軽やかな足音が近づいてくる。
ガチャッ
「どーぞ。むさ苦しい部屋だけどね」
フローラは軽く笑って、リュオンの部屋に足を踏み入れた。


――――そんな光景を陰から覗き見る、怪しい人影が3つ。
リュオンの部屋を見張りながら、ぼそぼそと低い声で会話している。
「おい、あんま押すなよ。気付かれるだろ?」
「ンなこと言ったって、お前の頭が邪魔で見えねぇんだよ」
「あ、完全に閉めやがった。ちょっと隙間開けといてくれりゃ、中が見えたかもしんねぇのに」
・・・ライ、ギルバート、カインの三人である。
昼食の時の会話が気になって「ちょっと覗いてみねぇ?」と提案したのはカインなのだが、ライもギルバートもわりと乗り気だ。
「どうする?ドアに耳当てて、話だけでも聞いてみるか?」
「んー、でもそれで気付かれちまったら・・・」
そこに、カイン達とは別の人影が、音もなくゆらりと近づいてきた。
会議に熱中しているカイン達は、まるでそれに気付かない。
「やっぱダメモトで・・・―――え?」
ポン、と肩に手を置かれ、ギルバートは何気なく後ろを振り返った。
逆光でよく見えないが、ここにいない者で、こんなに目線が高いのは・・・・・・
(やべぇ)
そこにいた三人全員が、そう思った。
不意を突いてカインが逃げ出そうとする。が、細長い何かに足を取られ、逆に窮地に追い込まれてしまった。
「逃げようったって、そうはいかないわよ?」
彼女は口の端を軽く持ち上げ、手に持っていた何かを三人に向かって投げつけて・・・

「「「―――――――――――っ!!!!!!!」」」

廊下のほうから声にならない叫び声が聞こえてきたような気がして、フローラは振り向いた。
「・・・今、何か聞こえませんでした?」
対するリュオンはそっけない。
「さぁ。ネズミの鳴き声じゃない?」
正しくは鳴き声でなく泣き声だ。
部屋の外で何が起きたのか、リュオンはほぼ正確に把握していたが、あえてフローラには言わずにおいた。
「で、何のためにわざわざこんなことしたの?」
「!あぁ、そうでした」
リュオンの言葉で思い出し、フローラは持っていた紙袋の中から箱を取り出し、リュオンに差し出した。
若草色の包み紙にクリーム色のリボンで綺麗にラッピングされた箱。昨日の夜、フローラが包んだものだ。
「プレゼントです。ヴァレンタインの」
「・・・は?」
とっさにはフローラの言葉が理解できず、リュオンは何度か瞬きをした。
「・・・ヴァレンタインの、プレゼント、って・・・」
「お世話になった男性に、女性が贈り物をする日だと聞きました。導師には日頃からお世話になっていますからね」
そう言って微笑むフローラの顔を見る限り、恋愛感情が絡んでいるとは全く思えなかった。
いや、実際に恋愛感情など関係ないのだろう。アツィルトには、義理で贈るプレゼントというのも存在するのだと聞いた。
(そう、アツィルトには、ね)
何故フローラが突然こんな行動を起こしたのか、リュオンはなんとなく理解した。
そして軽くため息をつく。
この家でアツィルト出身の者は、二人。そのうちフローラにこんな事を吹き込みそうなのは・・・
(全く、やってくれるじゃないか)
フローラまでもを手駒として使うとは、大した度胸だ。
その上、自分まで巻き込むとは。
改めてリュオンは、あの情報を司る女傑に対する評価を上げた。
「・・・ねぇ。これ、開けていい?」
「あ、どうぞ」
許可を貰い、リュオンはプレゼントボックスのリボンをほどいた。
包み紙も取り払い、箱を開ける。
そこにあったのは、粉砂糖の雪を冠したガトーショコラ。
「・・・手作り?」
「えぇ。昨日、焼いたんです」
それを聞いて、リュオンは昨日のキッチン大破壊の理由を悟った。
(さすがはフローラ、お菓子を爆発させるなんて・・・)
どういう材料を使い、どんな手順を踏んで何を作ろうとしたのか。気になるところである。
リュオンはガトーショコラの端を手でつまみ取り、ぽんと口の中に放り込んだ。
ほろ苦い、甘みの抑えられたチョコレートの味が広がる。美味しい。
「フローラ。ヴァレンタインに贈り物をする時は、もっと慎重になったほうがいいよ」
ふいにリュオンは口を開いた。
視線を上げる事もガトーショコラを口に運ぶ手を止める事もなく、淡々と告げる。
「ヴァレンタインっていうのはね、昔そういう名前の司祭が、強い軍隊を作るために結婚を禁じられていた兵士の挙式を執り行ってやった ってことが始まりなんだ。だから一般的にヴァレンタイン・ディって言えば『恋人の日』で、ヴァレンタイン・ディに贈り物をするって言 えば『愛の告白をする』ってことだってされてる」
ここでようやくリュオンは視線を上げた。
・・・フローラは真っ赤になっていた。
「やだ・・・すみません、私、そんな事だとは全然知りませんでした・・・」
「大丈夫。義理で贈るって事もあるみたいだから」
自分でもあまりフォローになっていないフォローだとは思ったが、それでも、その言葉を聞いてフローラは幾分落ち着いたようだ。
「すみません〜・・・導師に告白だなんて、なんて大それたことを・・・」
どういうことだと聞き返したい気持ちを必死でこらえ、リュオンはフローラに言った。
「・・・まぁ、とにかく。気にしなくていいから。それより、こんな時間まで男の部屋にいるって事の方が問題だと思うよ」
「!あ、あぁ、そういえばそうですね」
「(気付いてなかったんだ・・・)じゃあ、そろそろ戻ったら?」
「そうさせていただきます」
フローラは礼儀正しくお辞儀をし、リュオンの部屋を後にしようとドアノブに手をかけた。
「そうだ、一つ言い忘れていました」
唐突に振り返り、フローラは言った。その顔は未だに赤みが残っている。

「くれぐれもマイシェルに当り散らしたりしないでくださいよ」

それだけ言い残し、フローラは自室へと戻っていった。
後に残ったのは、ガトーショコラが入った箱を抱え、呆けた顔をしたリュオン。
(・・・バレてた)
決して嫌な思いをしたわけではないが、彼女の陰謀に自分も組み込まれていたのがちょっとムカついて、確かに仕返ししようと目論んでいた。
まさか、それに気付かれていようとは。
リュオンはくしゃりと自分の髪をかき上げた。
(『最高にして最強の宮廷魔導師』なんて称号を貰ってたって、結局は全能じゃない)
世の中は驚くべき事に満ち溢れていて、自分よりはるかに年下の者達は、いつだって自分に想像もできない行動をしてくれる。
(いつか僕も最高じゃなくなる)
その時、自分の看板を奪うのは・・・・・・自分の後ろに続く、歳若き者達。
(期待してるよ)
いつか未来に現れるであろう跡継ぎに、リュオンは心の中で呟いた。




翌日。
「マイシェル。昨日はやってくれたね」
「あら何のことかしら?」
朝っぱらから、こんな会話が交わされていた。
「アツィルトには確か、昨日に続く行事が来月にもあったね。・・・楽しみに待っててね」
「リュオン、マイシェル・・・朝ごはんの時くらい、そういう話はやめようよ」
恐る恐るヘンゼルが仲裁に入ったが、効果は全くない。
「僕も巻き込むなんて、いい度胸してるじゃないか。おおかた昨日もどこかから見てたんだろう?」
その言葉を聞いて、カイン、ライ、ギルバートの三人がぎくりと身をこわばらせた。
「・・・どうしたのよ?」
不思議そうにグレーテルが尋ねる。
「は、ははは・・・何でもねぇよ・・・」
そう答えたカインを見て、ヘンゼルは気付いた。
―――目の下にクマができている?
よくよく見れば、ライにもギルバートにもクマができている。
「ほら、お前もそんな事言ってねぇで食っちまえよ」
そう言ってヘンゼルの目前におかずの乗った皿を置くライの手首には・・・・・・
「ちょっ、ライ!?その跡は何!?」
思わずヘンゼルは立ち上がって叫んでしまった。
当のライは舌打ちせんばかりの形相で自分の手首を掴み、その痕跡を隠そうとしている。
何故かカインもギルバートも、ライと似たり寄ったりの行動をとった。
「ライ・・・まさか、そういう趣味・・・」
「ンな事あってたまるか!」
ヘンゼルと同じく『それ』を見てしまったらしいリュオンに、ライは噛み付くように反論した。
ライの手首にあった跡。それは。

・・・・・・縄で縛られた跡。

「俺だって好きでこんな跡つけたわけじゃねぇ!」
「じゃあ、何で?」
グレーテルに冷静に切り返され、ライはぐっと詰まった。
そして、恐る恐るテーブルの一角に着席している人物を見やった。
ヘンゼル、グレーテル、リュオンもライの視線を追い、その人物を見た。
こわごわとフローラが尋ねた。
「マイシェル・・・一体、何をしたんですか?」
「さぁ?」
謎めいた笑みを浮かべ、マイシェルはコーヒーのカップを取った。
優雅な仕草でそれを飲みながら、呟く。
「あたしは言ったって別に構わないけど、構うのが三人ほどいるから」
「?」
「だーかーら!あれはちょっとした出来心だって言ってるだろ!?」
「甘いわ。時には出来心じゃすまない事だってあるのよ」
その会話を聞いているうち、フローラは思い出した。
そういえば昨日、リュオンの部屋に入った直後、自分は何か聞かなかったか。
(まさか、あれが?)
・・・だとしたら、一つ訊いておかねばならない。
「ちょっとそこのお三方に、伺っておきたい事があります」
「な、何だ?」
ひくりと頬を引きつらせ、マイシェルとの口論に熱中していたカインは視線を上げた。
ライとギルバートもフローラの方を見る。
つられてマイシェル、ヘンゼル、グレーテルもフローラを見る。
そこには、氷の微笑を浮かべてカイン達を見据えているフローラがいた。
微笑を浮かべてはいるものの、その下にはマグマがたぎっているように感じる。
「あなた達が一体、何のためにあの場にいたのかは知りませんが・・・」
フローラはそこで言葉を切り、表情を微笑から真顔に切り替えた。
テーブルに肘をつき、手を組むと、まるで軍の上官のようだった。
「あなた達」
出てきた声は、フローラのその表情に良く似合う、ひんやりと冷たい声。
「・・・そんっっっなに、痛い目に遭いたいのですか?」
それを聞いて、その言葉を向けられた三人のみならず、その場にいた全員が固まった。
一つはその声が本気そのものだったため、もう一つは何をしでかしてもおかしくないという感じがしたためである。
言葉の形こそ疑問形をとってはいるものの、それは明らかに警告だった。
「心しておきなさい。いざとなったら私は容赦しませんから」
それだけ言うと、フローラは食事を再開した。

・・・その日の朝食は大部分が残され、またそれを処理するライもヘンゼルも、文句は一切言わなかった・・・・・・





fin.




後記

いつになく長くなってしまった気がします(汗)
ヴァレンタインSSと呼ぶにはあまりに甘さ控えめですが、こんなのでいいのでしょうか(蹴)
リュオンとフローラは寝起きにどんな状態になっているのかとかリュオンの部屋の内部の様子とかマイシェルはカイン達に何をしたのかとか リュオンはホワイトデーに何をする気なのかとか、その辺はあえて言及しないでおきます(ぇ
当日のうちにUPできたのがこれだけってのもアレですがね。
でも書いてて楽しかったですよ。色々と。
普段と違ってバリバリ書けました。やはり自分でも想像しやすかったせい?(笑)
ホワイトデーに、これの続編UPしましょうか(ヤメロ)

up date 04.02.14




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