とある日の、うららかな午後。
冬の寒さもようやく和らいできて、一日ごとに春の気配が深まっていく、そんな季節だ。
チーム焼きそばのメンバー達も、その心地良さをそれぞれに味わっていた。
そしてそれをぶち壊したのは、突如キッチンから聞こえてきた爆発音だった。
ドゴァァァアンッ!
何とも形容しがたい、こもった感じのする耳障りな音が家中に響き渡る。
「うわっ!?」
(な、何!?何が起きたの!?)
突然の爆発音に、それまでのんびりと自室で読書していたヘンゼルはおびえた。
爆発音に続いて、今度は焦げ臭い匂いが漂ってくる。
(って、もしかして火事!?)
慌てて自室を出、斜向かいのキッチンに急いで向かう。
「おいおいおい、何だよこりゃ!?」
続々と集まってきた面々が見たものは、キッチンいっぱいに満たされた黒煙。
モクモクと溢れ出てくる黒煙を前にして、一同は立ち尽くした。
「ゲホッ、ケホケホッ」
惨状を呈したキッチンから、エプロンと頭覆いを着用したフローラが転がるように出てきた。
「ちょっと、フローラ!?一体どうしたのさ!」
「あぁ、ヘンゼル。どうぞお気になさらず。また失敗しちゃっただけですから」
それを聞いた瞬間、全ての疑問は一気に解決した。
「・・・何を作ってたの?」
「あぁ、それは・・・」
「おっ・・・」
フローラが答えようとしたその時、ライが呻いた。
振り向いて見れば、微妙に震えている。
「お・・・俺のキッチンが―――――――っ!!!!」
少しずつ薄れてきた黒煙の向こうに垣間見えたキッチンの有様を見て、ライが頭を抱えて絶叫した。
ちょっと焦げている上、8割がた砕け散ったテーブルと椅子。
すすにまみれて真っ黒になった床。
爆発によって変形し、床に散乱している鍋。
単なる陶器の破片と化した皿の数々。
極めつけは今だ煙を吐き出し続けているオーブン。(恐らく爆発の原因)
・・・叫びたくなるのも分かるような大惨事だ。
その前にキッチンはお前のじゃねぇよという突っ込みを入れる余裕など誰にもなかった。
「何、オーブン壊れたの?コンロは?」
リュオンが言うより早く、ライは黒煙の中に飛び込んでコンロの様子を確かめに走った。
この家のオーブンは、コンロと一体化したタイプなのだ。オーブンが壊れた(爆発した)となれば、その上部のコンロも壊れていたって おかしくない。
ライは何度か火を付けようと試みたが、やがて深々とため息をついて宙を仰いだ。
「・・・駄目だ。壊れてる」
「げっ。晩メシはどうすんだよ?」
「こうなったらしょうがねぇ。外でバーベキューか何かして間に合わせる」
オーブンもコンロも壊れていてキッチンも使えない状況、となればそうするしかないだろう。
「魚ぁ買ってきて、たき火で焼くか?」
完全に野営気分でいるギルバートは、何だか浮かれ気味だ。軍隊にいた頃を思い出しているのだろうか。
「今の時間なら店も余裕で開いてるから、出来合いのお惣菜とか買ってきちゃうのも手だよね」
「駄目だ、あんなのを食うのは俺のプライドが許さん」
「今はそんな場合じゃないと思うわよ?ライ」
「俺は食えりゃあ何でもいいや」
自責の念に耐えかねたフローラが、ライに向かって頭を下げる。
「・・・ご迷惑をおかけします」
「責任感じてるならキッチンの復旧に励んでくれ」
どんよりとした引きつり笑いでそんな事を言われては、たまらない。
しかもフローラにとってライは主人にあたる。・・・主人の言葉は、絶対なのだ。
「全力で、修復します」
「頼んだぞ」
そうしてチーム焼きそばの面々は「キッチン直るまでずっとこうなのかなー」などと呟きつつ勝手口から外に出て行ったのだが、一人だけ 煙臭いキッチンの中に残った者がいた。
「全くもう。あんた、何作ろうとしたのよ?ヴァレンタインは男に贈り物をする日だって教えはしたけど、キッチンを爆発させる日だなん て一言も言ってないわよ」
「・・・マイシェル。そういうこと言わないでくださいよ。私だって一生懸命やったんですから」
そう、フローラが作っていたのはヴァレンタイン用のお菓子だったのだ。
そしてヴァレンタインのことをフローラに教えたのは、マイシェル。
『ヴァレンタインにはね、独身男性に贈り物をするのが慣わしなのよ』
あえて「意中の」という言葉を省いて、マイシェルはフローラに説明した。
そしてついでに、「アツィルトではチョコレートを使ったお菓子なんかが主流ね」とも教えたら、フローラは本当に材料を用意しだし、レ シピとにらめっこしつつお菓子を作り出したのだ。
その結果が、オーブンの爆破
「私はココア生地のスポンジケーキを焼いたつもりだったんですがねぇ・・・どこでどう間違ったのやら」
「それはこっちが聞きたいわ」
一体どうすればスポンジケーキを爆発させる事ができるのだろう。
恐るべし、フローラ。
「で、どうするのよ?それ、誰かにあげるやつだったんじゃないの?」
「いえ。これは切り分けて皆で食べようと思っていたものですから」
「じゃあ肝心のプレゼント用のは?」
「先に作ってテーブルの上に置いておいたんですけど・・・さっきの爆発で、かなりの分が吹き飛んでしまったんじゃないかと」
確かに、よくよく見れば、すすまみれの床に負けないくらい真っ黒なものが散らばっている。
その物体からは、焦げたチョコレートの匂いがした。
「どうすんのよ。今から作り直すの?っていうか全員に贈る気?」
「の、つもりだったんですけどねぇ・・・一応、それぞれの好みを考えて各種作っておきましたし」
「ふぅん、5人全員に?」
「いいえ、ヘンゼルの分はグレーテルが作るそうですし、ギルバートは妻帯者ですから、それ以外を」
「あぁ、そうなの。・・・で、どうすんの。殆ど吹き飛んじゃったんでしょ?」
「う〜ん・・・あ、そういえば、どれだったか冷蔵庫に入れておいたんでしたね」
フローラはいそいそと(あまり被害を受けていなかった)冷蔵庫を開け、中を確かめた。
「ん、ちゃんと入ってます」
「どれどれ?・・・あらおいしそう」
マイシェルは冷蔵庫の中を覗き込み、思わずそう呟いた。
そこには、立派なとは言いがたい、しかし手作りの温かみがあるお菓子があった。
真っ黒いシチューを作り出しスポンジケーキを爆発させる腕前の持ち主が作ったにしてはなかなかおいしそうだ。
「あ、ちょっと味見してもらえません?」
甘さがちょうどいいかどうか自信ないんですよ、とフローラはマイシェルに菓子をひとかけら差し出した。
その言葉に甘えてマイシェルは手のひらにそれを貰い、恐る恐る口の中に放り込んだ。
ほろ苦い、いかにも男性が好みそうな適度な甘さ。いいんじゃないだろうか。
「うん、おいしいわ。これなら大丈夫よ」
何が大丈夫なんだとはさすがに言わなかったが、その辺はフローラも承知していた。
これでも一応、自分が作り出してしまったモノの味は知っているのである。
「そうですか、じゃあ作り直す必要はないですね。このまま冷蔵庫に入れておきましょう」
「中身が何なのか分かんないように袋に入れて、『触るな』って書いたメモでも貼っとくと効果的よ」
女性上位を基本としているこの家ならば、フローラ、マイシェル、グレーテルのいずれかの字で書かれたメモが貼られたものにな ど、手を出したいと思う者はいないであろう。それを見越した上でのアドバイスである。
「・・・そうしたら、キッチンの修理、ですか・・・」
「グレーテルもヘンゼルにあげるの作るんでしょう?だったらとっとと直さなきゃ」
「ですよねぇ」
「あたしも手伝うから、さっさと片付けちゃいましょ」
「え?いや、申し訳ないですよそんなの。私が自分でやった事なんですから」
「いいのよ。女は戦う力が必要なんだから、そのために少しでも体力温存しときなさい」
(戦う・・・?)
マイシェルは先程、『ヴァレンタインは感謝の日』だと言っていた。なのに、なぜそんな言葉が出てくるのだろう?
フローラはいぶかしんだ。
しかしマイシェルは「贈り物をする日」とは言ったが「感謝の日」などとは一言も言っていないし、第一『女は戦う力が〜』の前 に『恋する』と付け加えるのを意図的に避けているのだ。フローラには理解できなくて当然だろう。
(まさか・・・また、何か企んでるんでしょうか?)
「また」などと思ってしまうあたり、フローラのマイシェルに対する評価がありありとうかがえる。
そしてその予想は、しっかりばっちり当たっているのだ。
マイシェルはフローラを手駒として使い、男共の反応を見て楽しもうともくろんでいた。
「ほら。早くしないといつまで経っても終わんないわよ?」
にっこりと笑ってマイシェルは言った。
・・・その「にっこり」が、フローラには悪魔の笑みに見えた、気がした。


「・・・終わり、ましたねぇ」
ふぅ、と手の甲で額の汗を拭いながらフローラは呟いた。
結局キッチンの修理は終わりそうになく、適当なところでマイシェルには切り上げてもらったら余計に時間を食ってしまい、フローラが 「これでいい」と納得できるところまで終えた頃には皆寝静まっていた。
最も、宵っ張りなフローラにとっては大した夜更かしではないのだが。
「残りの細かいところは明日またやるとして。・・・今のうちにラッピングしちゃいますか」
一人呟き、フローラはお菓子の材料を買う時と一緒に買ったラッピング用の包み紙やらリボンやらを持ち出してきた。
なんだかんだ言って、フローラも結局は女なのだ。こういう時にはやたらと凝ってしまう。
「ん、こんなもんでしょうね」
ピッ、とラッピングの形を整え、フローラは満足げに微笑んだ。
(後は明日渡すだけ、ですね)
マイシェルの助言に従って適当な紙袋にそれをそっと入れ、『触れたら罰を与えます』と書いたメモを貼り付けて冷蔵庫に入れて おく。これで誰も中を見ようとはしないだろう。
全員に渡せなくなってしまったのは残念だが、一つだけに的を絞るというのもまた一興だ。相手の反応が楽しみでならない。
(あれを渡したら、どんな顔をするんでしょうね)
くっくっ、といたずらを企む子供のような気分で笑い、フローラはキッチンを後にした。




――――――ところで、プレゼントの中身は?




甘さ控えめなトリュフ

エレガントなガトーショコラ

大人の味のチョコレートボンボン












××ちょっと一言××

えー、都合により主人公とギルバートの分が消えました。(爆)
彼らのは想像できませんでした・・・(死)

up date 04.02.14




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