「なるほど、そういうことでしたか」
事情の全てを訊き終えたところで、フローラは深々と息を吐きだした。
「竜が人間に飼い馴らされたなんて聞いたことがありませんよ。・・・・・・ライに助けられたとはいえ、竜に襲われて生き残った人間がいるというのも」
「珍しいんですか?」
「ほとんど奇跡です」
それを聞いてヘンゼルは、今さらながら底冷えのする思いがした。――それほどにまで恐ろしい敵を、継母はヘンゼル達に差し向けたのだ。
「お前ら、よっぽど邪魔に思われてたんだな」
ヘンゼルが思ったのと同じことをカインが口にした。同時にマイシェルがきつい口調でたしなめる。
「本人を前にして言う台詞じゃないわ」
「いいの。あの女があたしたちをどう思ってるかは、とっくの昔に知ってたから」
「・・・・・・グレーテル」
ヘンゼルは悲しみも戸惑いも見えないグレーテルの横顔を見て、複雑な気持ちになった。
妹はこんなにも強い精神を持っている。つらくないわけではないだろう。それを押し隠して背筋を伸ばしていられる強さを、グレーテルは持っているのだ。
自分はまだ、ごく平和で幸せな生活への期待を捨てきれずにいるというのに。
しかし、なぜか周囲に座る彼らは少しだけつらそうな顔をした。
「冷めすぎ」
そっぽを向いたままの体勢で、ぼそりとカインが呟いた。意味が判らず視線で問うと、「気にすんな」と手を振って返された。
「とりあえず、だ」
ギルバートが仕切り直すように言い、周囲の面々は姿勢を正した。
「話の流れは理解できた。でもな、疑問点が多すぎる。まずはそこから片付けていかないか?」
「同感ね。とりあえず最大の疑問は――」
マイシェルはヘンゼル達に目だけを向けた。
「あんたたちの継母、一体何者?」
「え・・・・・・」
返答に困った二人の代わりに、それまで黙っていたライが口を開いた。

「死体だよ」

それはあまりに唐突な言葉だった。すぐには理解できず、呆けたようにヘンゼルは繰り返す。
「・・・・・・死体?」
ああ、ライは頷いた。
「あれは蘇生死人(アンデッド)だ」
アンデッド、と聞いてヘンゼルは、わずかながらライの言わんとしていることを掴んだ。
継母は死んでいて、その死体を生き返らせて操っている者がいる?
「――どういうことよ」
同じところに行き着いたらしいマイシェルが、くしゃりと頭を掻いて眉根を寄せた。
「アンデッドってことは、術者がいるわけでしょ。その――この子たちの継母を蘇生させた奴が。誰が、何の理由があってそんな」
「理由は知らねえ。が、人は判るぜ」
「――誰」
「魔女リーゼ」
迷うことなくライは答えた。
魔女リーゼ。『東の魔法使い』オズワルドと並べ称される――至上最強にして最悪、残酷極まりないと名高い『西の魔女』。
あまりに有名すぎる名前にマイシェルは苦笑した。
「魔女リーゼ?なんであんな大物が、こんな子供を狙うわけ」
「理由は知らねえって言っただろ」
そっけなくライは答え、逆に「お前は絶対に違うと言い切れるのか?」と聞き返す。
不本意そうにではあるもののマイシェルが首を横に振ったのを確かめ、ライは淡々と説明しだした。
「目的はこいつらの監視と殺害だろうな。そこらの墓を暴いて手に入れた死体に術をかけて生き返らせ、継母として送り込んだ。そして身近で監視させ、隙を見て殺させる」
「ちょっと待て」
ギルバートが遮り、首を傾げつつ指摘した。
「手際が悪すぎねえか?そんな回りくどい真似するくらいなら、強盗の仕業に見せかけるほうがよっぽど楽だぜ。それに、こいつらを捨てさせたのは、その継母なんだろ?なんで自分でそうさせといて、わざわざ後で殺しに行くんだ」
「――お父さん」
その小さな声に、六対の視線がグレーテルへと向けられた。
「あいつ、お父さんには知られたくなかったのよ。自分が私たちを殺したいと思ってるってこと。だってお父さんの前でだけは、あの女、私たちに何もしなかった。私たちを捨てさせた後で殺しに来たのは、私たちが生きてるって知らなかったからだわ。お父さんが私たちに逃げろって言ったこと、あの女は知らなかったはずだもの。だから――」
「もういいわ」
ほとばしるグレーテルの言葉を止めるように、マイシェルは彼女を抱きしめた。
「もういいから、我慢するのはやめなさい」

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