遠い砂漠の夢を見た。


【砂漠の夢】


何処迄も続く砂の海。
月夜に透る魔性の歌声。
水をいっぱいに湛えた恵みのオアシス。
星降る夜に仲間が生まれる。
俺らの日常はそういうものの集合体。俺が生まれるずっと前からそうだった。
無限の砂漠が俺らの故郷。
陸のセイレーンは月夜に歌う。
水面に揺れる銀の星。
隕石の力で俺らが生まれる。

「輝音。そんなところで寝てると焼肉になる」

双子星の風璃が俺に声を投げてきた。焼肉になんかなるもんか。なるとしたらせいぜい木乃伊だ。
無言で目を開け、俺は見事に晴れ上がった空を視界に納めた。夢に出てきたあの風景は、何処の砂漠のものだろう。
傍らに風璃が腰を下ろす。何処か遠くに視線を送り、風璃は俺に問いかける。

「また、夢を見てたのか」

図星だった。何だってこいつは、こんなに勘が鋭いんだろう。其れがこいつの才能なんだって知ってても、こうも当てられると読心術でも 使ってんじゃないのかと疑いたくなる。ただ寝転がってるだけかもしれないってのに、そんな確信を込めて言うなよ。
俺は半身を起こして風璃と肩を並べ、同じ方角に視線を送った。遠景の隅、地平線の辺りに街が見える。蜃気楼かどうかの見分けはつか ない。俺も風璃も『目』の持ち主じゃない。

「銀の髪に灯火の瞳。砂漠の色が違ったから、生まれは此処じゃない」

「あの街の向こうか」
「お前が言うならそうだろうな」

簡潔に答えて、俺は再び砂の上に寝転がった。無限の蒼穹。あの蒼から降ってくる隕石から、俺たちサンドジプシーは生を受ける。
人間には男と女がいて、女の腹からちっこい人間――「子供」が生まれるらしい。其れが十何年もかけて俺たちと同じような格好になって、 其れから今度は萎びて干からびていって「老人」になるんだそうだ。俺には理解できない生態だと思う。
サンドジプシーは、生まれた時から人間で言う「青年」の姿だ。隕石が降ってきた場所に、ただ現れる。性別はなく、老いることもない。
俺は今年で68歳になるけど、外見も身体能力も十代の若者並だ。風璃も同い年。但しこいつは童顔だから、俺より少し年下に見える。
そしてもう一つ、サンドジプシーには大きな特徴がある。誰にでも必ず一つ、神懸かり的な才能が備わっているということだ。
風璃の才能は「勘」。めちゃくちゃ鋭くて、どうでもいいことでも良く当たる。ちょっと薄気味悪く思うこともしばしばだ。まぁ、本気で そう思うようになる日は絶対に来ないだろうけど。
俺の才能は「夢」。どこかの砂漠にサンドジプシーが生まれる瞬間を夢に見る。サンドジプシーにとって、この才能はとても重要なものだ。 これがなかったら新しい同胞が生まれたのを知ることは不可能に近いからな。そして、その場所の見当をつけるのに風璃の才能が必要だから、 俺たちは組んで行動してるってわけだ。本当はもう一人仲間がいるんだが、そいつは今、あの街で探し物をしている。

「待つのが面倒だ」

唐突に風璃は立ち上がった。奴の服に付いていた砂が風に舞って俺の目に入る。ちくしょう、少しは気を使えよ。

「風璃、そっち風上」
「ああ、悪いな」

口では謝っているものの、風璃は砂を払うことをやめない。たまらず俺は立ち上がって頭を振った。髪の中がざりざりする。口の中にまで 入ってきた砂を吐き出し、これ見よがしに顔をしかめてやった。
・・・・・・このやろう、気付けよ。そっぽ向いてやがって。

「僕らも行こう、輝音。どうせあの街を通るんだ。迎えは早いに越したことはない」

成る程、待つのが面倒ってのはそういうことか。相変わらず短気だな、こいつは。
だがまあ、異論はないな。そうと決まったらさっさと行動を起こそう。

「行くか」
「ああ」

短く言って、俺らは肩を連ねて歩き出した。目指すはあの街。俺らの脚で日暮れには着くだろう。
あの灯火の瞳をした同胞は、ひどく危うい印象をしていた。
街へと続く道なき道を辿りながら、俺はそんなことを考えていた。




***




夕暮れを迎え、バザールは活力を増していた。
右も左も人・人・人。人波を掻き分けて、俺らは広場を抜けようと苦心した。物凄い人いきれだ。特に匂いは砂漠の比じゃない。 温度もそうだ。砂漠のほうがよほど暑いはずなのに、俺らが汗をかくのは決まって人ごみの中なんだから。おかしなもんだよ、全く。
無駄のない動作で左右に目を配っていた風璃は、目当ての姿を見つけて足を速めた。小間物屋の店先に並べられた屑輝石を見ている同胞。 間違いない、光牙だ。
光牙は品物を熱心に見るあまり、俺たちに気付いていない。風璃はすれ違いざまにその腕を掴んだ。そのまま引きずるようにして光牙を 連れて行く。背が高くて体格も良い光牙が細身の風璃に抗えないその様は、結構珍妙で面白い。

「おい、何だよ風璃!今日いっぱいはここにいていいって約束だろ!?」
「話が変わった。それに、お前の星はここにはない」
「その勘が外れてたらどうする!」
「じゃあ、僕らの用事が済んだらまた戻ってくれば良い。それでいいだろ?新星の確保は僕らにとって最優先の仕事のはずだ」
「夢見子って・・・・・・見たのか?輝音」

急に聞かれて、俺は半ば反射的に頷いた。ついでに、風璃の勘だとそいつは街を越えた先の砂漠にいるってことも付け加える。 それで光牙は納得したようだった。
サンドジプシーにとって、新しく生まれた子――新星――をできるだけ早い段階で確保するのは最重要任務だからな。納得しなかったら多分、 風璃の拳が飛んでいただろう。あいつは本当に気が短い。
でも、それにしたって風璃は急ぎすぎている気がする。夜になれば、いくら何も知らない新星だって動き回りはしないだろう。睡眠欲は 万物共通の本能だ。そうすれば確保だってずっと楽になる。風璃の勘と光牙の目と。この二つがあれば大抵のものは見つかるんだから。
バザールを抜け家々の間を通り、風璃はずんずん進んでいく。さして大きくもない街を抜けるのにさして時間は要してはいないにも関わらず、 街の外壁を越えるなり風璃は走り出した。腕を掴まれたままの光牙が悲鳴を上げる。見れば風璃の指先が光牙の腕に食い込んでいた。
それに気付いた風璃は光牙の腕を振り払うように放し、さらに加速する。
速く、もっと速く。風璃は何を思って走っているんだろうか。

「風璃、左だ!そっちに新星がいる!」

光牙の指示を受けて風璃は方向転換した。俺には何も見えない。まだ「目」の持ち主にしか見えない距離なんだろう。でも、この調子で 行けばすぐに見つかるはずだ。
そして風璃は唐突に足を止めた。光牙が、次いで俺が風璃に倣う。どうした、と問う前に俺の肌はあわ立った。
あいつだ。夢で見たのと同じ、銀の髪。歌っている。
陸のセイレーンと呼ばれるサンドジプシーらしく、聞くもの全てを虜にする魔性の歌声。いや、其れを差し引いても――こいつの歌は、 桁違いだ。
どうやら即興らしいその歌を歌い終えると、そいつは。
俺らに気付いて
振り向いて
――――微笑った。
其の笑顔に、俺は風璃が急いだ理由を知った。マガツモノ。駄目だ。掟を実行しなければ。

「こんばんは。僕の名前を訊いても?」

ああそうだ、新星に名前を付けるのは夢見人の役目だ。其の名もすぐに無意味なものへと変わるだろうけれど。
名前など、こいつの夢を見た時から決まっている。

「――トーカ。透火、だ。透明な火」
「有難く頂きます」

恭しく頭を下げ、透火はその橙の瞳で俺と視線を交えた。
ああ、やはりこいつは禍つ者、災いの者だ。
風璃は、俺が夢の話をした時からこれに勘付いていたに違いない。でなきゃあんなに急ぐものか。
俺は腰に下げていたナイフを抜いて構えた。これは掟だ。災いを抱く新星は、そいつを見つけた夢見人が殺さねばならない。

「僕を殺すのですね」
「ああ。・・・・・・今のうちに聞いておくけど、お前の才能は何だ?」
「判りません」
「そんなはずはない」

俺は語調を鋭くした。自分の才能は、生まれた時から自覚しているはずだ。判らないなどということはあり得ない。
透火は炎の瞳を細めて笑う。

「強いて言うなら――・・・・・・」

ふわ、と透火の指が俺の咽喉元に絡みついてきた。早い。反応する間もなく間合いを詰められてしまった。
全身の筋肉が強張る。こわばる。死が迫っているということよりも、透火の指の冷たさにぞっとした。

「これが才能でしょうか」

つめたい指先が頚動脈をなぞる。背後で二人が息を呑む音が聞こえた。間近で見る透火の瞳は、炎ではなく、溶岩のような色だった。熱を 感じないのが不思議なほどの激しい色。すっとそれが細められた。紅い唇が笑う。

「僕が生まれたのは今朝です。でも、貴方はそれよりずっと前に生を受けた。僕は貴方が見た世界が知りたい」
「それは脅迫か?」
「どうとでもお取りください」

そうは言われても、これは脅迫以外の何物でもないだろう。死にたくないなら自分を殺すな、と。
それでいいのだろうか、と俺の理性は問うている。風璃の勘に頼るまでもなく、こいつは禍つ者だと言い切れる。災いを呼び起こすと 分かっていながら、こいつを生かすというのか。
――ごちゃごちゃと迷いながらも、俺は構えっぱなしだったナイフを下ろす道を選んだ。

「輝音!?」
「何考えてんだお前は!」
「ありがとうございます、そちらを選んでくださって」

風璃と光牙の咎めるような声、それに透火の拝礼を、俺は黙って受け止めた。
(もう少しだ)
透火の頭が上がりきる直前を突いて、俺はそいつの首に下げられていた皮の小袋を奪い取った。炎の瞳が見開かれる。
これが俺のアドバンテージだ。

「お前を殺しはしない。但し、お前の生まれ石は預からせて貰う。・・・・・・それが最低条件だ」

袋の中からガラス質の黒い石を取り出しながら俺は言った。このちっぽけな石が、サンドジプシーの――透火の命。これを壊せば透火は 死んでしまうのだ。あっけないほどに、たやすく。
生命を握られていても、この場で殺されるよりはまし。透火がそう考えたのかどうかは分からない。でも頷いて了承の意を示したのは確か なんだから、其れに近い意見だったんじゃないだろうか。

「じゃあ、行こう」

透火の生まれ石を袋にしまい直して首に掛ける。どこへ、と問う風璃に、俺は一つの方向を示した。ああ、と光牙が目を細める。

「そういや、『用事が済んだら、またここに戻って来よう』だったな」
「ああ。とっとと宿を取って寝て、明日は朝からお前の生まれ石を探そう。お前もバザールは見ておいたほうが良い」

後半は透火に向けて投げかける。いくらサンドジプシーが砂漠を住居としているからって、バザールなしに生活はできない。しばらく目を 離すつもりはないけれど、バザールの仕組みを教えておくに越したことはないだろう。

「光牙。お前の目でどれくらいの場所に見える?」
「月が昇りきる頃には着く位置だな」
「風璃、この時間に宿は取れると思うか?」
「多分ね」
「じゃあ問題なしだ」

実際、眠れるのは早ければ早いほど良い。今日は疲れたから、ふかふかの寝台でぐっすり寝たい。
其れでまた誰かが生まれる夢を見てしまったら、ちょっと困るけれど。

「輝音さん。マチとは一体?」
「人の住処が集まってる場所のことさ」
「ヒト?」
「俺たちと似てるようで全然似てない種族」

あーあ。自分を殺すかも知れないって奴に、何を懇切丁寧に教えてるんだか。
まあいいや、眠気のせいだってことにしておこう。

天を振り仰げば、濃藍の天幕に銀の星と細い月。
炎の瞳の夢見子に、頼もしいことこの上ない二人の同胞。
足元には砂の海。足跡が連なって幾つも続く。


遠い砂漠へは、いつか行く。







fin.








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