いつもの帰宅時間はとうに過ぎていた。
彼女の姿は見えないままだ。 温度を手放しつつある食事たちを困ったように眺め、春日は時計を確かめた。 真西に短針、真北に長針。ものすごく遅い時間帯というわけではないが、帰りが遅いことに違いはなかった。 連絡もない。 大丈夫だろうか、何かあったのだろうか。 早く帰ってきてくれないだろうか。 今日の夕食は春日が作った。彼女を驚かせたくて、いつもありがとうの気持ちを込めて。 帰ってきた時にはもう食卓に用意が整っていたら、どんな顔をするだろう? そんなことを考えながら料理していた。 なのに。 春日はそわそわと周囲を見回した。 電話は鳴らないだろうか。玄関の鍵の開く音はしないだろうか。 できることなら鍵の音であってほしい。 電話は吉報か凶報か分からなくて怖いから。 彼女が帰ってきたら、そっと物陰に隠れておどかすつもりだった。 トリックオアトリート、と今日という日の合言葉を唱えて。 お菓子なんてなくても、彼女に抱きつくことができればそれで十分だ。 彼女にはたくさんの幸せをもらっているから。 お化けの格好をするつもりで用意したシーツの裾を握り締め、春日はじっと時計を見つめる。 あともう少し待っても何もなかったら電話をかけてみよう。 そして彼女が帰ってきたらごはんを温めなおして、一緒に食べよう。 彼女が帰ってきたら――・・・・・・ すっかり暗くなった窓の外で、きらりと光るものがあった。 「・・・・・・おやおや」 すっかり帰宅が遅れてしまった橘は、玄関の戸を開けるなり呟いた。 左手の和室に、春日が丸まっている白い影が見える。どうやらシーツにくるまっているようだった。 ひとまずその上から自分のコートを掛けてやり、正面の居間に見えたものの正体を確かめにいく。 食卓いっぱいに並んだ料理。――いかにも子供らしい不器用さが見え隠れするそれは、春日が作ったものなのだろう。 皿の上に手をかざして温度を確かめ、どうやら自分は春日に待ちぼうけをくらわせてしまったらしいと察する。 そして、壁にかけられたカレンダーにふと目を留めた。 今日の日付の横に小さく印字されたそれが、彼女がシーツを被っていた理由だろうか。 (・・・・・・悪いことしちまったね) そういうイベントがあると知っていたなら、もっと早く帰ることもできたのに。 彼女を起こさないようにしてそっと抱き上げ、ベッドに移動させてやる。 本格的に空腹になったらきっと起きてくるだろう。それまで傍にいてやるつもりだった。 (ああ、そういやハロウィンって) あれは子供にお菓子を渡す行事だったかと思い出し、橘は身の回りにそういったものがないか探してみた。 さんざんうろつき回ってようやくチョコ菓子を見つけ、それをベッドサイドの見つけやすいところに置いておく。 窓の外にある夜空は綺麗に晴れ渡っていて、星の一つ一つまでがよく見えた。 明日もきっと晴れるだろう。 静かに寝息を立てる春日の横で、橘はそっと微笑んだ。 小噺5『星のきらめくハロウィン』 END. up date 07.10.21 |
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