ある日スピカは夢を見た。 木も草も生えていない荒地に、スピカだけが立っている夢だ。 地面にはたくさんの星が散らばっていて、空には雲も太陽もない。 自分の他にはどんな動物も見当たらなかったが、なぜか心細くは思わなかった。 スピカは足元の星を拾って空に透かしてみた。 クリスマスツリーのてっぺんに付いているようなそれは透明な青色をしていて、呼吸をしているように膨らんだり縮んだりしていた。 その星をポケットにしまい、スピカはふらふらと歩き出した。 荒地はどこまでも続いている。しばらく歩いていくうちに、山を見つけた。 ギリシア神話のアトラスにも似た、天を支えているかのような高い山だ。その頂上には太陽があって、まっすぐ見ていられないほどに眩しく光り輝いていた。 ああ、だから世界は暗くないのか。 目をかばうように手をかざして太陽を見ていると、太陽と山がくっついている辺りから何かがこぼれた。 それは山の尾根を伝ってスピカの足元へと流れてきて、スピカの靴の色を消してしまった。太陽の涙が染みたスピカの靴は、眩しいほど真っ白く光っていた。 そしてスピカはまた歩き出した。 地平線の端に何か見える。 初めは一本の線でしかなかったそれはだんだん大きくなっていき、やがて一面の海になった。 ざざ、ざ、と波が寄っては引いていく。波はスピカの靴に当たると吸い込まれるように消えてしまう。スピカの足元だけが乾いていた。 足元の砂は砂ではなく、細かく砕けた星の破片だった。 それが星であるときは青色をしていたのに、砕けてしまった今はただ透明であるようにしか見えない。スピカはそれがひどく悲しく思えた。 星の破片を両手ですくいあげて海に投げると、そこだけがぼうと明るくなった。 しばらくしてもその光は消えない。 何だろうと思ってその辺りに手を差し伸べてみると、何か丸いものが指先に触れた。 両手で持ち上げる。 それは月だった。 丸い硝子のような月はスピカの手の中で融けて光に変わり、一面を透明な銀色に染め抜く。 そしてスピカは夢から醒めた。 目覚めてみればスピカはいつも通り自分の部屋のベッドに横たわっていて、窓の外の夜空には月も星もきちんとあった。 念のためベッドから抜け出して下の通りを眺めてみたが、やはりそこは荒野ではなく見慣れた街並みで、地面に星が転がっていたりはしないのだった。 夢。 その一言で片付けるには鮮やかすぎた。 まるで、他の世界を覗いてきたかのような現実感。 スピカは思わず身震いした。 他の世界なんてあるはずないのに。 溜息を一つ落とし、スピカは窓際から離れた。中途半端に目が冴えてしまった。でも明日は学校だ、もう寝なければ。 「忘れ物ですよ、スピカ嬢」 勢いよくスピカは振り向いた。壁際の暗がりに誰か立っている。どこから入ってきたのだ、こんな男に見覚えはない。 シルクハットに燕尾服、目元は陰になって見えない。そしてその白い手袋をはめた掌に乗っているのは――・・・・・・。 星だった。夢の中で地面にたくさん散らばっていたのと同じ、透明な青色をした星。呼吸をするように膨らんだり縮んだりしている。 「これは貴女のものです」 男は星を投げてよこした。スピカは無言で受け止める。警戒するように睨むスピカを見て男は笑った。 「誰も貴女に危害を加えやしませんよ。私はそれを届けに来ただけです」 男は足音もなくスピカに歩み寄り、くしゃりと彼女の頭を撫でた。唇が軽く額に触れる。 「お休みなさい、三光の主。機会があったらまた会いましょう」 その声を最後に、スピカの意識は途切れた。 あれはどこまで夢だったのか、未だにスピカには分からない。 朝起きた時にはきちんとベッドの中にいたし、彼がいた形跡は全くなかった。そこだけ見ればあれは夢だったということになる。 けれど、玄関に並んでいた自分の靴は純白になっていたし、月を見ると胸が騒ぐようになった。 それでも足りないと思う時には、机の引き出しを開けてみるのだ。 そこには、あの時の星がある。薄青い光を放って、呼吸をするように膨らんだり縮んだりしながら。 (機会があったら――・・・・・・) 機会があったらまた会いましょう。彼はそう言っていた。ならばいつか会えるだろう。 今度会ったら聞いてみよう。スピカはそう決めていた。 また、あの夢を見た時にでも。 END. |
up date 05.04.06.
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