月のいい夜だった。 窓の外に見える満月が、まるで夜空に浮かぶ眼球のようだ。 白く濁った盲目の瞳。じっと悠樹を見つめている。 悠樹はベッドに寝転がり、同じように月を見返している。 いずれ自分の瞳もああなるだろう。何も見えない映らない、そのくせ消えることもなく存在し続ける無意味なモノ。 先天性弱視。悠樹は今日、医者にそのリミットを宣告された。 あと半年保つかどうか――。 一年もすれば確実に――。 ――ふざけるな。 悠樹の視界はすでにかなりぼけていて、眼鏡の補助なしでは伸ばした自分の指先すら、はっきりとは映らない。 こんな目では自分の夢など。 悠樹は写真家になりたかった。カメラを片手に世界中を巡って、色々な人を、風景を撮りたかった。 けれど写真は視覚だ。目の見えない者が写真家になれるはずがない。 失明する前に夢を叶えようにも、義務教育すら終えていないこの身では。 なんて歯がゆい。なんて悔しい。 周囲が夢を実現させるスタートラインに立つ頃には、悠樹の夢はすでに終わっているのだ。 天上の眼が悠樹を照らす。絶え間なく視線を注いでいる。 堪えられなくなって悠樹はカーテンを閉めた。 唯一の照明を喪った室内は濃密な闇に沈む。目を開けているのかどうかも判らなくなるほどの暗闇。いっそ全てこうなってしまえばいい。 そうすれば、憧れなんて抱かなくて済むから。 一年後には悠樹の世界は暗闇で、光をくれる者などどこにもなくて。 こんな眼球は潰れてしまえ。ゆるゆると殺されていくくらいなら、一気に死んでしまいたい。 そうであればどんなに楽か。 夜闇に浸った月の眼球。その満ち欠けが繰り返されるごと、悠樹の視力は削られていく。そして二度と満ちはしない。 白濁した瞳に映るのは、今見ているような漆黒のみで。 光など――。 悠樹は目を閉じて思う。 光などなくなってしまえ。この目も体も闇に融けて、消えてしまえ。 何も見えない闇の中、悠樹は眠りの淵に沈んでいった。 終 up date 05.07.14 |
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