それは、遠い異邦の話。 いつなのか知らない。 どこなのかも知らない。 とある兄妹たちが繰り広げた物語―――・・・ ヘンゼルとグレーテル(焼きそば編) 昔ある国の、深い深い森のさらに奥深く、ヘンゼルとグレーテルという兄妹とその両親が住んでいました。 お父さんは森の木を切って町へ売りに行き、きこりとして生計を立てていました。 お母さんは体が弱かったので、内職をして生活の足しにしていました。 ヘンゼルとグレーテルもまた両親の仕事を手伝ったりして、一生懸命働いていました。 そんな貧しいながらも幸せな家庭に、悲劇は訪れたのです。 ある年、ヘンゼル達の暮らす国一帯に大飢饉が襲いかかったのです。 そのため食べ物は値段が高騰してしまって貧しい彼らには買えず、家の穀物庫にはもはや麦の一粒も残っていないありさまでした。 木の実や野草で食いつないでも、ひもじさを打ち消す事はできません。 もともと病弱だったお母さんはその日のパンを買うにも事欠くような状況に耐え切れずに倒れてしまい、だんだんと弱り、ついには亡くな ってしまったのです。 幼い兄妹はもとより、お母さんを心底愛していたお父さんも、悲しみに暮れました。 お葬式を終え、飢饉も治まり、ヘンゼル達がようやく笑顔を取り戻してから何年も経ったある日、お父さんが見知らぬ女の人を連れてきました。 「ヘンゼル、グレーテル。この人がお前達の新しいお母さんだ。仲良くするんだよ」 そう言うお父さんは幸せそうに笑っていて、お父さんの悲しそうな顔ばかり見ていた二人は喜びました。 けれど、幸せはそう長く続きませんでした。 新しくやってきた継母は、だんだん二人をいじめるようになったのです。 お父さんのいないところでは好き放題に振る舞い、家事は全て二人に押し付けて自分は何もせず、その上失敗したら理由も聞かずにひどく 叱りつけ、時には手を上げることさえしました。 それでもヘンゼルとグレーテルは文句も言わずに働き続け、お父さんの前では何事も無かったかのように振る舞い続けました。 (お父さんに、余計な心配かけたくない・・・) ただその一心のみで、二人は気丈さを保ち続けたのです。 そしてそんな生活を送る中、再び大飢饉が襲い掛かりました。 もうパンの一切れすら買えない状態で、継母は毎日お父さんのいないところで二人を罵りました。 「食べ盛りの子供を二人も養っていけるほど、ウチは裕福じゃないんだよ!全く、この無駄飯食らいが!」 まだ難しい事は分かりませんでしたが、お前たちがいるからいけないんだ、と言われていることは分かりました。 そんなある日の真夜中、空腹で寝付けなかったヘンゼルは、隣の部屋から漏れてくる明かりと声で目を覚ましました。 (・・・なんだろう・・・?) 耳を澄ましてその声を聞いていると、どうやら継母がお父さんにヘンゼル達を森の中に捨ててくるよう言っているらしいのです。 「・・・もう、あの子らを森の奥にでも捨ててくるしかない、でないと飢えるのは私たちなんだから・・・」 初めは頑なに断り続けていたお父さんも根負けし、嫌々ながらも・・・頷いてしまいました! (僕たち、捨てられちゃうんだ・・・) 聡いヘンゼルは知っていました。自分と妹を養うためにお父さんが必死で働き、時にはそのために倒れそうにまでなっている事を。 (僕らがいなくなれば、・・・その分だけ、お父さんは楽になる) 溢れてくる涙を堪えることはできませんでしたが、ヘンゼルは考えました。 (これで、お父さんが楽になるなら・・・) ならば、これでいい。 そう思い、あえて何も言わないことに決めました。 翌日。 ヘンゼルとグレーテルは、お父さんに「一緒に森まで来てくれないか?」と言われました。 それが何を意味するか知っているヘンゼルは、仕事の手伝いに呼ばれたとしか思っていないグレーテルがいっそ哀れに見えました。 (父さんは僕らを捨てようとしてる、って言ったら、グレーテルは何て言うだろう?) 今さらのように考えながら、森の奥深くへと分け入っていくお父さんについていきました。 どの辺にいるのかも分からなくなるほど歩き回り、二人の足が痛みだす頃、お父さんが振り向きました。 周囲に誰もいない事を素早く確認し、二人に向かって早口に囁きかけます。 「二人とも、よく聞きなさい。お母さんはもう、お前たちが家に帰ってくることを許さないだろう」 「えぇっ!?」 思わず大声を上げたグレーテルの口をさっと塞ぎ、「黙っていろ」と手振りで示しました。 「いいかい、ここをまっすぐ北に向かうんだ。木の蔓やつたがたくさん生えていて、進みにくい方だ。これを使うといい」 お父さんはヘンゼルに鋭く研がれた短剣を渡し、続けます。 「そうやって進んでいくと、突然拓けたところに出る。そこには不思議な格好をした家があって、一人のお婆さんが住んでいる。その お婆さんに事情を話しなさい。ラグウェルの子だ、と言えば分かってくれるはずだ。念のために、これを持っていきなさい」 渡されたものを見てみると、それはどうやら金貨の欠片のようでした。 「おばあさんにこれを見せて、『お父さんの子供だ』って言えばいいんだね」 「あぁ、そうだ。そうすればお婆さんは、お前たちを助けてくれる。・・・もう会えないだろうが、元気でいるんだぞ」 哀しげにヘンゼルとグレーテルの頭を撫で、お父さんは泣くのをこらえたような表情で笑って見せました。 「じゃあ、・・・行きなさい。この先に何があっても、決して挫けてはいけないよ。希望というのは、案外しぶとく周りにこびりついて いるものだから」 「うん」 「おとうさんも、元気でね」 「・・・あぁ」 迷いを振り切るように早足で去っていくお父さんの背中が、ヘンゼルには涙で霞んで見えました。 (・・・駄目だ!僕は兄さんだろ!?) それでも零れそうになる涙をぎゅっと袖で拭い、ヘンゼルはお父さんの言った事を思い返します。 (北、つるとかつたとかがいっぱい生えてて、進みにくいほうに行って・・・しばらくすると広いところに出る。そこに変な家が建って て、おばあさんがいる。そのおばあさんに、これを見せて『お父さんの子供だ』って言う。それでおばあさんは僕らを助けてくれる) ならば、まずは北に向かう事だ。そう決心してヘンゼルは立ち上がり、グレーテルと手を繋いで北へと向かいました。 短剣を使って道を拓き、お父さんの言った通りに進んで行きます。 時折、棘の生えた草がヘンゼルとグレーテルの肌を引っかきます。それでも、ここで諦めるわけにはいきませんでした。 「おにいちゃん、もう休もうよ・・・」 「駄目だ、グレーテル。僕らはもう家に帰れない。このまま夜になったりしたら、熊や狼に食べられちゃうかもしれないんだよ」 半ば自分にも言い聞かせながら、ヘンゼルは幼い妹を励まします。 「このまま進んで行って広い場所に出たら、そこでゆっくり休めばいいよ。おばあさんとは僕が話す」 「・・・うん」 「さぁ、がんばろう。きっともう少しだ」 そうしてまた二人は進み出します。 そんなことを繰り返しているうち、どこからか食欲をそそるいい匂いがただよってきました。 その匂いに誘われるように、さらに二人は進んでいきます。 つたをかき分け、木の蔓を切って進んでいくと、拓けた場所に匂いの源とおぼしき一軒の家が建っていました。 (お父さんの言ってた場所だ!) それまでの疲れも忘れて駆け寄ってみると、それは普通の家ではなく、なんと焼きそばでできていたのです! (・・・『不思議な格好をした家』って・・・これのことか・・・) 確かに、それは紛れもなく『不思議な』格好をした家でした。 「おにいちゃん。この家、たべられるよ」 「グレーテル!他人の家を勝手に食べちゃ・・・!」 自分でも説得力がないと思いつつも諌めると、突然その家から誰か出てきました。 焼きそばのような髪をした、黒いローブを着たおばあさんでした。 そのおばあさんは出てくるなり二人を睨み、その年老いた外見からは考えられないほど大きな声で一喝しました。 「人の家を許可もなしに食うとは何事じゃ!」 許可があれば他人の家を食べてもいいというのも常識としてどうでしょう。 そんな考えも吹っ飛ぶほど物凄いおばあさんの剣幕に二人は圧倒され、思わず後ずさりました。 (!そうだ、おばあさんにあれを見せなきゃ!) お父さんに言われた事を思い出し、ヘンゼルはポケットの中から金貨の欠片を取り出しておばあさんに見せました。 「僕らは、あの、お父さん・・・いえ、ラグウェルの子供です」 するとお婆さんは眉根を寄せ、ヘンゼルの差し出した金貨の欠片をそっとつまみ上げ、訝しげにヘンゼルを見ました。 「・・・ラグウェルの子じゃと?なんでこんなところにいるんじゃ」 ヘンゼルとグレーテルは、これまでの事情を話します。 そのうちにおばあさんは何かに納得したような表情になり、やがてにっこり笑って頷きました。 「そんな理由なら構わんよ。好きなだけワシの家に居るといい!」 そう頼もしげに請合ったおばあさんに、ヘンゼルとグレーテルは顔を見合わせて喜びました。 「じゃが、これとその短剣はあまり軽々しく他人に見せんほうがいい。かといって手放してもいかんじゃろうな」 おばあさんはヘンゼルの手の中に金貨の欠片を返し、それからふと気付いたように二人に向かって手を差し伸べました。 「ワシの名はソルシエイラという。お前らは?」 「僕はヘンゼル」 「わたしはグレーテルよ」 「そうかい。ヘンゼル、グレーテル。よろしく頼むよ」 「「こっちこそ!」」 二人も手を伸ばし、ソルシエイラの手を取りました。 ここから、ヘンゼル、グレーテル、ソルシエイラの奇妙な共同生活が始まったのです。 |
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